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終議員

 9月1日。夏休みの終わりと同時に、今年も終議員選挙がはじまった。

 朝8時。学校へ向かう小中学生たちや、仕事へ向かう社会人たちにあわせるように、選挙カーは大通りへ繰り出し、拡声器が候補者たちの名前を連呼する。

「今年の終議院、終議院では何卒、長田、長田、上沢、上沢、丸山、丸山をよろしくお願いします!」

 私はその騒音を家のベッドで横になったままで聞いている。大学はまだ夏休みで、特に遊びに行く予定もない。

「駒林、駒林、上沢、上沢、丸山、丸山、清き一票をどうぞよろしくお願いします!」

 

 うるさくて寝てられない。起き上がり、リビングに出る。「おはよう」と父が私に気付いて言う。父は映像制作の仕事をしていて、一日中家でパソコンに向かっている。公務員の母はとっくに家を出ている。そしておばあちゃんはテレビでワイドショーを観ている。

「丸山、丸山、どうか丸山への応援をよろしくお願いします!」

「選挙カーがうるさいねえ」とおばあちゃんは言う。

「いや、呑気に言ってるけどさ」私は言う。「丸山っておばあちゃんのことでしょ。選挙活動しなくていいの? 終議員になっちゃったらどうするの」

「その時はその時だよ」おばあちゃんは言う。父はなにも言わない。

 

 高齢化社会に対する抜本的改革案として、終議員制度がはじまったのは三年前のこと。以来、日本は世界でも珍しい三院制になった。

 終議員の選挙権は18歳以上、被選挙権は70歳以上。選挙は小選挙区制で、日本中を細かく1万以上の選挙区に区切り、各小選挙区でトップとなった候補者が毎年の終議員に選ばれる。選ばれた高齢の議員は、その豊富な社会経験を国に還元することが期待されている。

 というのが建前で、終議員は実際のところ任期が一週間しかない。敬老の日に行われる選挙で当選すると、その日から一週間、儀礼的な手続きがあれやこれやとあって、その週末に安楽死させられる。

 つまり、各地域から安楽死させるお年寄りが選挙で選ばれるということ。

 導入した大物政治家は、これ以上にない民主的な高齢化対策だと胸を張った。そして翌年の終議院で当選し、その生涯を閉じた。議員たちは慌てて、現役の参議院・衆議院議員は終議員の被選挙権を持たないという法改正を行った。

 

「終議員には丸山、丸山へ、何卒、よろしくお願いします!」

 また別の選挙カーが家の回りを走っていく。選挙区が小さいので、選挙カーは同じあたりをぐるぐると走っている。出馬している候補者たちはみんな昔から知っている地域のお年寄りだ。

 おばあちゃんは今年70歳になって、被選挙権を得た。おじいちゃんの家に嫁いで、それからずっと専業主婦で、趣味と言えば裁縫くらい。おじいちゃんとは仲良しだったけれど、まわりの同世代とはあまり交流がなかった。だから選挙ではさっそく、おばあちゃんが標的にされている。

 おじいちゃんがいてくれたら、と思う。おじいちゃんは地元っ子で、カメラとファッションにこだわる趣味人で、誰とでもすぐに打ち解ける性格で、親から酒屋を継いで、地域にも顔が広かったが、私が中学生のときに癌で亡くなった。両親もおばあちゃんも酒屋をやるつもりがなく、店は少しのあいだだけ別の人に任せていたが、数年前に土地ごと売り払って、跡地にはマンションが建った。私達は小さな家を買い、おばあちゃんとも一緒に暮らすようになった。

 

 街の掲示板に選挙のポスターが貼られる。誰も自分の顔や名前を出そうとせず、他の候補者への投票を呼びかけている。おばあちゃんはポスターを作ろうとしない。国から補助金が出るのに、そんなことにお金をかけるのはもったいないと言う。

「おばあちゃんが選ばれたらどうするの」私は言う。あくまで仮定の話として。その確率がすでに高いことは伝えずに。

「選ばれちゃったら、仕方がないでしょう」おばあちゃんは言う。「おじいちゃんもいなくなっちゃったし。私が当選して、他のみんなが幸せなら、それでいいじゃない」

 確かに、おばあちゃんが当選すれば、他のみんなは助かる。少なくとも一年のあいだは。

 

「うちのおばあちゃん、当選しそうなんだけど」私は大学の友人とそんな話をする。

「それでも、ちゃんと選挙してるのが都会っぽい。うちの地元なんてもう当選確実出てるようなもんだから」

「どういうこと」

「町の偉い人がさ、今年はこの人を当選させましょうね、って決めてる。みんなで話しあった、ってことで」

「どういう人が選ばれるの」

「どうしようもない人。たとえば今年は、隣の町にアル中で有名な夫婦がいたんだけど、その旦那さんだけうちの地元に連れて来て、その人を終議員にするみたい。隣の町は奥さんのほうが終議員になる」

「そんなの、どうやって人を連れて来るわけ?」

「役所の人もグルでなんでも出来るから。印鑑とか捏造して、本人たちも気付かないまま全部手続きをやっちゃう。田舎なめてるとびっくりするよ。都会はまだちゃんと選挙してるだけ本当にマシ」

「確かに」

「おばあちゃん、助けてあげられるならそうしたら?」

 

 誰かにそう言ってもらいたかったのだと思う。私はその日から選挙活動を頑張ることにした。大学の勉強になるからとおばあちゃんを説得して、候補者の代理人となった。遅まきながら補助金の申請を行い、父のパソコンで精一杯に洒落たポスターを作った。

 おばあちゃんは選挙カーを走らせようとしなかったので、かわりにインターネットを駆使して、おばあちゃんの経歴を紹介したり、昔の写真を探してきて投稿したりした。おばあちゃんは若いころわりと美人で、おじいちゃんは沢山写真を撮っていたから、投稿できるネタはたくさんあった。

 無名の泡沫候補が、いや「当選確実」の有力候補が、今さらネットに情報を出しても誰も興味など示さないかと思っていたけれど、早いうちからそこそこのアクセスがあった。他の候補者がみんな「丸山、丸山」と連呼するので、どんな人だったかと検索エンジン経由で調べに来ているようだった。

 

 選挙の一週間前になって、おばあちゃんの編んだセーターがバズった。今時のスタイルとは全く無縁の、モッサリとしたセーター。誰に着せるとも考えず、夏のあいだ編み続けていたセーターをInstagramで紹介したら、なぜかものすごく話題になって、あちこちに拡散され、地元のニュースでも取り上げられた。レトロかわいい、一周回っておしゃれ、絶対いらない……と多様な反響があったけれど、最後はだいたい、こんなおばあちゃん羨しい、と言われるのだ。

 それは遅ればせながら、おばあちゃんのキャッチコピーになった。 #こんなおばあちゃん羨しい

 

 おばあちゃん自身は、自慢のセーターがあちこちで取り上げられてまんざらでもない様子だったが、選挙も最終盤になって「もう選挙活動はいいんじゃない」と言いはじめた。

「どうして」私は言う。「このまま頑張れば当選せずに済みそうなのに」

「そうだけど」とおばあちゃんは言い、そして黙った。

 その理由は、母が教えてくれた。おばあちゃんの人気が上がって、上沢さんがかわりに当選しそうになったからだ。上沢さんは80歳半ばのおじいちゃんで、一時は町内会の会長をつとめる有力者だったが、数年前から体調を崩して、今年は当選の危機だった。

 おばあちゃんは上沢さんと親しくはなかったが、おじいちゃんが亡くなった時には色々と世話をかけてくれたし、なにより町のためにずっと頑張ってきたことを誰もが知っていた。「上沢さんが選ばれるくらいなら、私が選ばれたほうがいいでしょう」とおばあちゃんは、母に言ったという。

 

 終議員制度の本当の目的はここにあると思う。制度によって、毎年1万人以上のお年寄りが安楽死させられる。でも、それはものすごく多いというわけではない。それだけで高齢化社会は変わらない。ただ、制度によって「お年寄りは生きいている価値が(あまり)ない」という風潮にはなる。

「あの人も終議員になったのに、なぜ生き続けているの」と、多くの人達が、そしてお年寄り自身も、考えるようになる。実際、終議員制度と同時にお年寄りの安楽死が合法化されて、その利用者は増え続けている。

 それから、単純にお年寄りの自殺も。

 

 選挙は月曜日。最後の週末を迎えて、やることはもうなくなった。私はまた大学の友人と会って、後期のスケジュールや就活の話をした。

「これ、言うか迷ってたんだけど」別れ際に友人は言った。

「え、なに」

「おばあちゃん、バズってるでしょ」

「あ、セーターの話? テレビとかの取材も来て、断ってるんだけど」

「そうじゃなくて」友人は自分のスマホを見せる。「こういうの流れてるよ。おばあちゃんが若者の徴兵制に賛成してるって」

「え……なにそれ」

 動画では、おばあちゃんが最近の若者の態度に苦言を呈し、解決策として徴兵制を提唱していた。映像は確かにおばあちゃんだ。ただ、声は明らかに合成である。でも、おばあちゃんに会ったことがなければ、そう気付かないのだろう。

「妨害工作ってやつなんだろうね」友人は言う。

「ネットの反応はずっと見てるけど、こんなの全然流れてこなかった」

「二十代とか三十代を中心に、選挙区ごとでどの候補者が一番有害かを決めて、一斉に投票しようと言っている大規模なグループがあるんだって。そこでこういう、色々と真偽不明の情報が出回ってるみたい。おばあちゃん、セーターの件から目立ってるから、アンチも集まってるみたい」

「それにしても徴兵制って」私は言う。「終議員になっても、ならなくても、政治への影響力なんてないのに」

 

 選挙日は静かに終わった。昼前、家族みんなで近くの小学校まで投票に行き、そのまま近くのイタリアンでスパゲティを食べた。誰も何も選挙の話をしなかった。

 夜8時、NHKが地元の開票速報をはじめ、9時前におばあちゃんに当選確実が出た。おばあちゃんはちょうど風呂から上がってきたところだった。

「まあ、私で良かったよ」おばあちゃんは笑って言った。そして私に向かって「いろいろとありがとうね」と言った。

 私は何も答えず、入れ替わりで風呂に入った。ネットでは、おばあちゃんのアンチが喝采を送っていた。選挙活動をしたのが間違いだったのだろうか? おばあちゃんを目立たせたせいで、こんな結果になったのだろうか?

 

 翌朝には役所のワゴンカーがやってきて、おばあちゃんは終議員として議会へ登庁をはじめた。夕方に帰ってきて、それが土曜日まで毎日続き、日曜日には帰ってこなくなる。

 風向きが変わったのは金曜日だった。同じ選挙区で戦った別の候補者が、地元の有力者に日本酒を配り、ボランティアのはずのスタッフに現金で給与を支払い、そのうちの一人にセクハラをしたと、スタッフ本人に告発されたのだ。その候補者はあっという間に逮捕されて、終議員として「繰り上げ当選」となり、おばあちゃんは終議員の資格を失った。

 おばあちゃんは家に戻ってきて、新しい手袋を編んでいる。「これならすぐに出来るからね」と言うけれど、誰のために作っているのかはやはり分からない。

 

(このショートショートは2024 Advent Calendar 2024の9日目です。主催の@taizoooさんに感謝します。前日はnnca_ntnさんのランニングの話、明日は去年と同じく(!)nagatafaさんです。同カレンダーには2023年に「鬼」を、2022年に「2022年と、AI戦争の歴史」を、2021年に「2021年よ、さようなら」を、2020年に「2020年のタイムマシン」を、2019年に「インターネットおじさんの2019年」と、毎年その年っぽいショートショートを書いています。また、2018年には「2018年のダンシング・ヒーロー」を、2017年には「2017年、ビジネスパーソンはポコニャンを読む」を書きました)

 

2024/10/18 - 2024/12/09

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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