「ごめん、今年もちょっと難しそうだわ」と私はAに言った。十二月の頭のことだった。
年末は帰省して、大晦日は高校時代からの友人と会うのがいつもの決まりだった。いや、高校生のとき、男ばかりクリスマスイブに集まったのが最初だったか。
私だけが地元を離れて東京の大学に行ったあとも、意地のようにクリスマスイブには集まって飲み会をした。そのまま私が東京で就職すると、さすがにクリスマスには帰省できなくなって、かわりに大晦日は飲み会をするようになった。
仲間が結婚したり、子供が生まれたりしても、年越しは必ずみんなで過ごしてきた。
去年それが不可能になるまでは。
「今年は帰ってくるのか?」その年、Aが最初にそのようなメッセージを送ってきたのは、十一月のはじめだった。その催促は実家の親より早かった。そして、それから毎週のように催促があった。
私は迷っていた。帰省することは決めていた。母は夏に大病をしたあと元気をなくし、父はことあるごとに「おまえが顔を見せたら元気になるだろうから」と言っていた。
この数年、結婚はまだか、子供はまだか、と両親から言われることはなくなった。しかし、そう訴える二人の視線が消えることはなかった。二年ぶりに顔を見せても、あの視線は変わらないだろう。でも元旦くらい、耐えて一緒に過ごすことはできそうだった。
友人と会うのは、それに比べればずっと気軽なはずだった。いつものメンバー、いつもの居酒屋。だらだらと酒を飲んで、話題と言えばだいたい高校時代のこと。近況を報告しあっても話が続くことはなく、結局いつも、気味の悪かった物理教師の思い出や、Aがサッカー部を三年になる前に辞めた顛末、Bが高二の秋ごろ瞬間的に好成績をとったこと、Cが同級生に二度フラれた話などばかり繰り返すのだ。いつまでも楽しくて、くだらない時間。
それなのに、去年帰省できなかったとき、今年はゆっくり一人で過ごせるな、となぜか思ったのだった。
仕事は年末まで山積みだった。だから断る理由を探すのは難しくなかった。
十二月になってまたAから連絡があり、私はようやく断ることにした。「帰省はするかもしれない」と正直に言った。「でもバタバタしているから、大晦日には戻れなさそうなんだよ。だから私抜きで集まって、また様子を教えてよ」と。
実際のところ、元旦に帰省して、二日には東京に戻ってこれるよう、すでに新幹線を予約済みだった。
考えてみれば、実際に会って飲み会をする必要はないのだ。オンライン飲み会だってなんだってできる。でも私達はそういう選択肢のことを、考えようともしなかった。年末に顔を合わせる以外、ネットでやりとりをすることさえなかった。私に連絡をしてくるのはAだけで、それも出欠確認以上のものではなかった。
「戻ってこれないのか。まあ仕方ないよな」とAは言った。「じゃあリアルで会うかわりに、メタバースに集合しようぜ」
「メタバース?」
そこから、珍しくAが近況の話をした。Bはこの二年くらい地元の小さなIT企業で働いていて、企業のウェブサイトを構築したりしていたはずなのだが、夏ごろからメタバース事業をはじめたという。私は聞いたことのない会社だったが、地元ではそれなりに有名なベンチャーなのだという。
一週間ほどすると、バーチャルリアリティの端末が家に届いた。Bが送り付けてきたのだ。
メタバースでの会合が始まったのは、クリスマスイブのことだった。私の仕事がようやく一息ついて、その日程にあわせてもらったのだ。メタバースを一度体験してみたいという気持ちもあった。
端末を身につけると、驚いたことに、いつもの居酒屋の前にいた。のれんをくぐると、A、B、Cが、いつもの席に座っている。高校時代の制服を着ていて、顔もあのころのように若返っている。それでも、みんなビールを飲んでいた。
「遅いよ」とBは言った。
「未成年飲酒じゃないか」と私は言った。
「お前もだよ」とAは笑った。確かに、壁の小さな鏡を見ると、自分も高校時代の姿になっていた。制服だけではない。顔も不気味なくらい若い。しばらく鏡から目が離せなかった。
「よく出来てるだろ」とBは言った。
「これはすごい」と私は言って、手元のビールを飲んだ。錯覚かもしれないが、ちゃんとビールの味がした。「外はどうなってるんだろう」と私は言った。
「外はまだ開発中だな」Bは言った。「でも場面を切り替えることはできるよ、こんな風に」
切り替わった先は高校だった。窓際の席に座っている。国語の授業中。担任のTが古文を教えている。ということは高2か。振り返るとAが教科書を広げながら笑っている。「めちゃくちゃよく出来てるよな」とAは言う。
「授業に集中しろ~」とTが言う。
BとCは隣のクラスだったな、と思い出す。「見に行ってみるか?」Aは見透したように言い、さっそく立ち上がる。
「おいおい、授業中!」とTは言うが、追いかけてくることはなかった。
現実にもこうなったのだろうか? 現実には、授業中に立ち歩いたことなどなかったけれど。
BとCはすでに教室を抜け出していた。「Nを見に行きたいな」とCは言った。Cが二度告白して、二度フラれた同級生だ。
「二年何組だったっけ?」
「四組」とCは即答。
「記憶がすげえよ」
廊下から四組の教室を覗くと、確かにNがいた。こちらにすぐ気付いて、小さく手を振ってくる。いや、あんな美人だったか。「ちょっと美化されてるんじゃないか」と私は言う。
「そんなことないよ」とCは言う。「モデルを作ってもらうのに、写真をだいぶ集めたんだから」
そう言われて改めてみると、他の学生たちはみんな没個性的だ。だからNが目立つのかもしれない。Cが手まねきすると、Nは立ち上がって授業を抜け出してくる。担任やクラスメイトは気付く様子もない。
「みんなお揃い?」Nは言う。ここまで美人だったか?
「まあね」Cは言う。「でもここからは二人きりがいいな。みんなは先に帰ってて」
授業はまだ続いている。時間が流れているのかさえ分からない。私とAは校舎の中をぶらぶら歩き、Bは後ろをついてくる。校門から外に出てみるが、そのまま世界は広がっている。何百回と歩いた通学路を歩く。駅までちょっとした商店街が続く。三年の時に潰れたCD屋がまだある。火事になった焼肉屋もまだ健在だ。
「こういうのを見てると、色々やりなおしたくなるな」とAは言う。
一つ一つ確かめるように歩いたが、あっという間に駅に着いてしまう。
「俺達は反対だから」AやBとは駅で別れる。「また明日な」とAは言う。
電車に乗って、二駅。実家の最寄り駅で下り、見慣れた道を歩く。いつのまにか外は暗く、人影はない。酔っているせいか、まわりの様子がよく分からない。それでも自宅まで辿りつく。ポケットから鍵を出して「ただいま」と玄関を開ける。
「ずいぶん早かったね」と母が言う。
「そうね」と私は言う。「元気そうで良かった」
「起きろよ、もう閉店だって」そう言われて目が覚める。Cが私の体を揺さぶっている。
「まだ22時なんだけどな」Bは残ったビールを飲みながら言う。「緊急事態は終わったんじゃないの?」
「酔い潰れるのが早すぎだろ」Aは私に向かい、笑って言う。
なんとか体を起こす。
店を出ると、Cの妻子が迎えに来ていた。
「いつも主人がお世話になっています」とCの奥さんは言う。ものすごい美人で目が覚める。毎年、仲間うちだけで集まっているので、Cの妻をちゃんと見たのは初めてだ。
Cと別れてから、Aは「家族ってうらやましいよな」と言う。
「そうかもな」とBは言う。
「俺達は反対だから」AやBとは駅で別れる。「良いお年を」とAは言う。
実家の最寄り駅で下り、見慣れた道を歩く。いつのまにか外は暗く、人影はない。酔っているが、自宅まで辿りつく。
「ただいま」と玄関を開ける。
「メリークリスマス」と母は言う。
「そうね」と私は言う。「元気そうで良かった」
翌朝、目が覚めると枕元にはクリスマスプレゼントがあった。
「来年はいよいよ受験なんだから、遊びすぎないでね」と母は言うが、私は早くも端末を取り出して、どこかここでないところへ行くことだけを考えている。
(このショートショートは2021 Advent Calendar 2021の13日目として書きました。主催の@taizoooさんに今年も感謝します。前日はmarrさん、明日はnagatafaさんです。同カレンダーには2020年に「2020年のタイムマシン」を、2019年に「インターネットおじさんの2019年」を、2018年に「2018年のダンシング・ヒーロー」を、2017年には「2017年、ビジネスパーソンはポコニャンを読む」を書いています)
2021/11/24 - 2021/12/12
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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