彼のちょっとした仕草が気になる。良きにしろ、悪きにしろ。あるいは始めは好意的に、途中からはそうではなく。何が自分の中で変わったのかは分からない。彼が変わったのかどうかも。もしくは、こう考える。物事は、基本的に変化していく。その中で周りと異なる変化を見せたもの、それがひずみになっていくのだと。
椎名林檎が「ビートルズは中期」とか言ってリボルバーとラバーソウルを高く評価するインタビューが載った雑誌を私は捨てる。そして、他に捨てるものがないかと部屋中に目を光らせる。ゴミの日の度、私は生まれ変わろうとする。週に二回、ペットボトルと缶ゴミの日も合わせると三回。髪を切る度、私は生まれ変わろうとする。しかし、もちろん生まれ変わることはない。捨てなかったものが、切らなかった髪が、私を邪魔するのだと、私は安直に考える。
死んだ兄は「最新盤に勝る良盤なし」と言った。「ビートルズならレットイットビーね」と私が言うと、兄は「アビーロードの方が録音が新しい」と笑った。
人間の良いところは、同時に幾つものことが出来ることだ。私は「ヒアカムズザサン」を聴きながらジョージのことを思い、兄のことを思い、彼のことを思った。昔はこんないい曲だと思わなかったなと、少し叙情的な気分になりながら。あとは彼が戻るのを待つだけだった。
2001/12/20
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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ニューヨーク・ニューヨーク
その日、僕は失職した。ランチを食べに来た客のテーブルを、僕は蹴り倒したのだ。イタリアンレストラン「213」のマスター西園栄次郎は言った。「君が間違っているとは思わないよ」その客は、まだ十二時前だというのに、随分酔っていた。……
卒業についてのエッセイ
i)高校を卒業してもうすぐ四年が経ちます。そして、卒業式のことなんてすっかり忘れてしまっている自分がいます。「お世話になった、先生方!」それは小学校のか。四年の歳月がどうというより、そもそも卒業式のことを三日と憶えていたのかさえ疑問ではありますが。……
流れるプールに流されて
流れるプールに流されて、僕はぷかぷかと進んでいる。太平洋の様に広い流れるプールだった。流れる速度はそんなに早くない。僕はスーツを着ていた。タケオキクチのスーツ。クリーニングに出したら大丈夫かな、と僕は思った。周りには誰もいなかった。ただ野菜が浮かんでいた。南瓜、キャベツ、玉葱、人参、南瓜、ピーマン、南瓜。南瓜がよく目についた。沈まないのかしらと思って下を見ると、南瓜が幾つも沈んでいた。「そのへんどうなんだろう」と僕は口に出した。誰も答えなかった。「誰か鏡持ってる?」と僕は言った。やはり誰も答えなかった。僕は喋ることをやめた。はじめは辛かったが、自分も野菜なのだと思うと楽になった。ただ、少し寒かった。……
穴の話
横を向いて歩いていたら、うっかり落とし穴にはまってしまった。僕はまだ朝起きたばかりで、顔さえろくに洗わず、右目のふちには目やにが残っていた。昨日は二時まで試験勉強をしていた。深夜番組を見るのと交互に。見飽きたコマーシャルがテレビに流れている間は、有機化学の問題を解いていた。アルコールとか、アルコールでないとか、そういう問題だった。ウォッカはメチルでしょうかエチルでしょうか、マルガリータの語源はなんでしょうか、なんて問題なら面白いのになと思いながら、僕はテレビを観ていた。司会と問題提供者と解答者に素人を起用するという、恐らくは画期的な素人参加型クイズ番組だった。素人構成型とでも言うべきか。司会を務める太った小男は、ここ三週間司会を続けていることもあって、そこそこ様になって見えた。そろそろ素人に見えないということで、来週あたりには新しい素人が新しい司会の座につくのだろう。解答者は週替わりで集まる、全くただクイズ好きの素人達五人だった。そこまでは悪くなかった。ただ、街の素人がカメラを向けられて咄嗟に出す問題だけは、見られたものじゃなかった。一問目は信号待ちをしていた女子大生が出題した。……