流れるプールに流されて、僕はぷかぷかと進んでいる。太平洋の様に広い流れるプールだった。流れる速度はそんなに早くない。僕はスーツを着ていた。タケオキクチのスーツ。クリーニングに出したら大丈夫かな、と僕は思った。周りには誰もいなかった。ただ野菜が浮かんでいた。南瓜、キャベツ、玉葱、人参、南瓜、ピーマン、南瓜。南瓜がよく目についた。沈まないのかしらと思って下を見ると、南瓜が幾つも沈んでいた。「そのへんどうなんだろう」と僕は口に出した。誰も答えなかった。「誰か鏡持ってる?」と僕は言った。やはり誰も答えなかった。僕は喋ることをやめた。はじめは辛かったが、自分も野菜なのだと思うと楽になった。ただ、少し寒かった。
2001/12/20
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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サムシング
彼のちょっとした仕草が気になる。良きにしろ、悪きにしろ。あるいは始めは好意的に、途中からはそうではなく。何が自分の中で変わったのかは分からない。彼が変わったのかどうかも。もしくは、こう考える。物事は、基本的に変化していく。その中で周りと異なる変化を見せたもの、それがひずみになっていくのだと。……
ニューヨーク・ニューヨーク
その日、僕は失職した。ランチを食べに来た客のテーブルを、僕は蹴り倒したのだ。イタリアンレストラン「213」のマスター西園栄次郎は言った。「君が間違っているとは思わないよ」その客は、まだ十二時前だというのに、随分酔っていた。……
穴の話
横を向いて歩いていたら、うっかり落とし穴にはまってしまった。僕はまだ朝起きたばかりで、顔さえろくに洗わず、右目のふちには目やにが残っていた。昨日は二時まで試験勉強をしていた。深夜番組を見るのと交互に。見飽きたコマーシャルがテレビに流れている間は、有機化学の問題を解いていた。アルコールとか、アルコールでないとか、そういう問題だった。ウォッカはメチルでしょうかエチルでしょうか、マルガリータの語源はなんでしょうか、なんて問題なら面白いのになと思いながら、僕はテレビを観ていた。司会と問題提供者と解答者に素人を起用するという、恐らくは画期的な素人参加型クイズ番組だった。素人構成型とでも言うべきか。司会を務める太った小男は、ここ三週間司会を続けていることもあって、そこそこ様になって見えた。そろそろ素人に見えないということで、来週あたりには新しい素人が新しい司会の座につくのだろう。解答者は週替わりで集まる、全くただクイズ好きの素人達五人だった。そこまでは悪くなかった。ただ、街の素人がカメラを向けられて咄嗟に出す問題だけは、見られたものじゃなかった。一問目は信号待ちをしていた女子大生が出題した。……
ハロー・グッド・バイ
「別れよう」と言われたので別れることになった。四月の頭のことだった。エイプリルフールかと僕は思った。そう思ってしばらくの間、ふつうの生活を送った。ふつうに毎日朝起きて、夜眠った。普通にご飯を食べ、お茶を飲み、映画を観た。彼女がいないだけの、いつもの生活だった。……