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深圳すごい

「仕事で半年、深圳に行ってきたのさ」と熊五郎は言った。「すごかったね。リニアモーターカーはあちこち走ってるし、ドローンは街中を飛びかってるし。買物に至っては、QRコードを読みとるだけでなんでも決済ができちゃうんだから。なんでも、二次元バーコードではもう間に合わないとかで、いまは四次元バーコードを使いはじめてるんだって」

「そりゃあすごいね」

「すごいってもんじゃなかったよ。移動ひとつ取ってもそうさ。自転車のシェアがすごい普及してるから、アプリひとつで予約して、格安でどこでも移動できるんだよ」

「シェアサイクルは東京にもあるだろう」

「東京のとはワケが違うよ。なんと言っても、ボタンひとつでギューッンって時速90kmくらいまで加速するし、別のボタンを押せばタイムアタックモードが始まるから、どの地点からどの地点のタイムも自動的に記録され、クラウドに保存され、世界ランキングで競えるんだよ」

「楽しそうだね」

「いわゆるゲーミフィケーションだな。自転車ひとつとってもIoTの時代にあわせてよく考えられているわけ。返却したくなったら、どこでもジェスチャーひとつだからね。自律的にもとの場所まで戻るし。これはもうシリアスゲームだね」

「それは楽チンだ」

「移動が楽ってことは、食事もなんでもケータリングで済むわけさ。アプリから音声認識で注文したら、中国語の発音はちょっと難しいけど、なんでも三分と待たずに家やオフィスまで持って来てくれるの。それで毎食ケータリングを頼むってことは、食事の記録がすべて共有されてるってことだろう」

「そうだね」

「だからこっちの好みを学習して、料理はどれもリコメンデーションが施されるわけ。将来的には10億人以上が使うわけだろう。データがビッグなのよ。や、もちろん美味しくない時もあるよ。パクチーが多すぎたりさ」

「それは嫌だね」

「でも、その評価はアプリから五段階でフィードバックできるわけよ。しかもジェスチャーで。それで直近10回のレビュー平均で3.5点を下回った店は、自動的に閉店に追い込まれるし、店舗は自動運転のショベルカーによって破壊されるし、新しい店舗の運営権はメルカリみたいなところに出品されるし、運営権は自動入札のロボットが競り落として、もとの店主の手元に戻るってわけ」

「ぜんぶ自動化なんだ」

「自動化が未来だよ。コンビニだってそうさ。無人で、こっちの客は入口で帽子型の脳波デバイスを被って、テレパシーひとつで注文できるわけよ。もちろん目の前に商品がぶら下がってるわけだから、万引きなんて簡単なんだけど、その場合は監視カメラや口臭センサなどを複合的に用いた検知システムのおかげで0.2秒で個人を識別して、口座から支払い額が罰金を上乗せして引き落とすんだから。効率的だろ? あと、ビニール袋を持参するとセンサーが検知してポイントが余計に貯まる」

「しかしアプリとかデバイスとかなんだか難しそうだね」

「まあ、プログラミング能力は必須だろうね。地下鉄はArduinoで動作してるから、走行中もScratchでビジュアルプログラミングできるし、実際、乗客は走行中の地下鉄にブレークポイントを仕込むことで任意の駅に止めるわけだから、もう誰も間違った駅で下りることはないわけ」

「私みたいな年寄には難しそうだ」

「でもその分、学ぶ環境は出来てるんだよ。深圳の小学生は一年でプログラミングの基礎を学んで、三年にはAWSを使いこなし、卒業試験でAlpha Goと戦うの」

「へえ」

「あと、街の中心にある電気街は山手線の内側をすべて秋葉原にしたような規模で、中心には抵抗を売る店だけを集めた六本木ヒルズくらいの高層ビルと、コンデンサを売る店だけを集めたミッドタウンのような高層ビルが並んでいるんだからね。世界で唯一、半導体をサイドメニューに売るスターバックスが地下にある」

「ティーラテとセンサーをセットで買えるわけだ」

「そうそう。もちろん、電気街にはさまざまなコピー品が出回っているんだけど、中にはオリジナルよりいいものもゴロゴロしてて、たとえばiPhoneはもう25が売ってあったよ。つまり、Xなんて十年以上前からあったわけ。実際、ゼロ年代の半ばごろ、当時のiPhoneの偽物にインスピレーションを受けたジョブズが、米国に持ち帰って2007年に発売したのが初代iPhoneなわけよ」

「ははあ、iPhoneにそんな歴史があったわけだ」

「あと、すごいと言えばもちろんWeChatね。あれひとつあれば、基本的になんでも出来るわけだから。日本のLINEとなにが違うのって言われても、例を挙げればキリがないんだけど、たとえば故人とは簡単に会話できるよね。俺はマイケル・ジャクソンと5分間話したよ。300元」

「ちょっとしたスリラーだね。それで、いまはなにが一番流行ってるんだい。ビットコインかな」

「そんな夢のないものにはまってるのは日本人だけだよ。こっちの話題はなんと言ってもロボット。活気がありすぎて、人が足りないからね。人口は2000万人を超えてるけれど、平均年齢は24歳くらいと若くて、うち三割ぐらいが5歳未満のロボットなんじゃないかな」

「ロボットにも年齢があるのかい」

「あるさ。働き手も若い人が多いから、ロボットはみんなマネージャーになるわけよ。あと、人間はロボットの犬を飼うのが流行ってて、ロボットは本物の犬を飼うのがブームみたいだね。こういうの、なんて言うか分かる? シンギュラリティだよ」

「なんだいそれは」

「深ギュラリティって言うべきかな。もうこれから、すごいことしか起きないだろうね。すごい人間だけが住む街。本当にすごい街なのさ」

「すごいすごいって言うのは分かったよ。それで、なんでそんなすごい深圳から熊さんは戻ってきたのよ」

「それはまあ」熊五郎は言った。「俺はすごくなかったからだよ」

 

2017/12/12 - 2017/12/14

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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