テレビを点けると、いつでもニュースが流れだす。Aボタンは「Aチャンネルニュース」。Bボタンで「ニュースチャンネルB」。どちらも24時間放送で、流れる内容はまったく違う。今日はジャイアンツとタイガースの試合があって、Aチャンネルではジャイアンツが4-0で、チャンネルBではタイガースが8-3で勝った。
Twitterを見ても、ジャイアンツが勝ったという人と、タイガースが勝ったという人がいる。Instagramを見ても、現地の写真や動画が流れてくる。ジャイアンツは先発が完封している。タイガースはホームランを4本も打っている。
2018年の終わりに「リアリティ」というスマホのアプリが流行った。誰でもスマホで撮影した動画を簡単に加工できるものだ。そういうアプリは過去にもあったけど、リアリティは表情や口の動かしかたをものすごくうまく加工する。だから友達の動画を使えば、ふだん言わないようなことを簡単に言わせることができる。芸能人や政治家に、いかにも言いそうなことを言わせることができる。
リアリティ自体の人気はすぐ下火になったけど、それは同じ機能が他のアプリにもどんどん組み込まれたからで、技術の進歩はそれからも止まらなかった。友達の表情を変えたり、体を動かしたり、背景を変えたりすることが文字通り一瞬でできるようになった。インターネットに溢れる動画は、どれが本物で、どれが加工されたものか、もはや区別ができなくなった。
言い換えれば、リアリティ以降、リアルというものはなくなった。少なくともネット上には。
何人もの専門家が様々な判定方法を編み出したけど、加工技術の革新スピードがそのすべてを上回った。なにを見ても本物かどうか分からないのは、なんとく気味が悪く感じるものだ。でも、実際のところはなんとなく慣れてしまう。旅行ガイドに加工されていない写真はないけれど、旅行には行くようなものだ。
加工防止技術とかなんとかは開発されたし、リアルのなくなった世界を憂慮する人達もいた。スマホなんて捨ててしまおう! みたいな。笑えるけど。いずれにせよ毎日の生活になにか変化があったかというと、そうでもない。学校には行かないといけないし、テストの点数は加工できないし、新しいスマホを買うにはバイトしなきゃいけない。
ニュース番組は集約され、まったく違う内容のふたつが24時間放送されることになった。AチャンネルとチャンネルBでは内容はまったく違うし、出てくる首相さえ違うけど、みんな見たいほうを見て、見ているほうを信じている。信じている? それはどうか分からないけど、みんなとりあえず言われている通りに聞いている。それでも不便は特にないみたいだ。景気が上がったとか下がったとか。誰と誰が結婚したとか離婚したとか。どこがどこと戦争中とか。
もちろん、私はどっちが正しいのか常に気にしている。だからいつも、インターネットでXちゃんねるを見ている。それが一番正しいから。
2018/02/06
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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