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いつも同じ夢

去年くらいから毎晩、夢を見るようになった。しかも、いつも同じ夢である。寝付きが悪いのかと思って、運動したり、酒量を減らしたり、早く寝たりしてみたが、変わらない。毎晩、同じ夢を見るのだ。

 

大した夢ではない。夢の中でも私はサラリーマンで、ベッドから起きるとパンを食べる。歯を磨いて髭を剃り、服を着替える。といっても、スーツでも、ジーンズでもない。ジャージである。ノートパソコンを開いて、仕事をはじめる。電話もする。しかし外には出かけない。

 

昼ごはんはバイクに乗った男が配達してくれる。午後もパソコンで仕事をしている。会議の合間に、宅配便が色々なものを届けてくれる。水、食料、トイレットペーパー。仕事が落ち着くと、申し訳程度に筋トレをする。晩ごはんはちょっとした自炊をする。風呂に入ってテレビを見る。本を少し読んだら、すでに夜中だ。ベッドで寝る。

 

そこで目が覚める。悪夢というわけではない。ただ、毎晩これだ。同じ内容を繰り返されると、さすがに気味が悪くなってくる。

 

現実の私はベッドから起きあがり、キッチンでコーヒーを淹れる。パンを食べようとするが、見当たらない。昨日買っておいて、キッチンカウンターに置いていたはずなのだが、そこにないのである。仕方がないので先に着替えて、なにか食べ物を買いに近くのコンビニまで歩く。店に入ろうとしたところで、自分が裸であることに気付く。慌てて家に戻る。途中、獰猛な犬に追いかけられる。家がいつまでも遠い。

 

戻った家はいつもと違う雰囲気だ。あら、もう戻ったの、と見知らぬ太った女が言うが、態度を見るに私は結婚していたらしい。仕事に行くよ、と今度こそスーツを着て外に出る。駅までは急な下り坂である。地下鉄に乗るまで、深い井戸を下りていく。足をすべらせて、長いあいだ井戸をまっすぐに落ちて行く。列車は満員で、よく見ると乗客はどこか腐りかけている。不思議と匂いはしない。

 

職場では鬼が仕事ぶりを監視している。手を休めた同僚が鬼に食われる。私は黙々とノートパソコンで仕事をする。電話もする。このあたりは正夢みたいだなと思いながら。

 

昼ごはんを食べる暇もないまま、残業まで済ませると、同僚に声をかけられて飲みに行く。最後には食べても食べても減らない、まずいラーメンを食べる羽目になる。家に戻ったころには夜中で、シャワーを浴びる元気もない。月は不気味に明るく、太った女は今や幽霊となって、部屋の隅から私を見ている。

 

布団を敷いて、横になる。今日もまた同じ夢を見るのだろうか。すこしは違った夢ならいいが。

 

(Photo by Greg Rivers)

 

2021/01/28 - 2021/01/30

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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