近所の居酒屋で、Z氏と遭遇した。Z氏は業界の有名人だ。一人でカウンターに佇むZ氏と視線が合ったので、私はその隣に座ることにした。
最近どうしてましたか、と私は尋ねた。
「マンガ家のNさんが炎上しているね」とZ氏は言った。「作品がようやくヒットしたと思ったら、売れていなかったころの古いツイートを掘り返されて、人種差別だとか、女性蔑視だとか好き放題に言われてる」
そうらしいですね、と私は言った。夕方のテレビでも話題になっていて、せっかくのヒット作は回収になるそうだった。
「いまのうちに買っておいたほうがいいかもね」Z氏は言った。私は頷くと、スマホでオンライン書店からNさんのヒット作を注文することにした。発売中止を前に、その作品は売れ行きランキングの一位になっていた。
Nさんはお知り合いだったんですか、と私は聞いた。
「もちろん、知らない。こんなマンガがヒットしてるのも知らなかった」
ですよね、と私は頷いた。
今年は変な一年でしたね、と私は言った。
「まだ全然終わってないけど」Z氏は笑った。「一番おかしかったのはあれだな、M社がJ社を買収するという話。完全なデマだったけれど」
あれはひどかったですね、と私も言った。M社は落ち目の負け犬として業界では有名で、倒産するが早いか、二束三文で売りに出されるのが早いかと言われていた。一方のJ社は新技術を武器に飛ぶ鳥を落とす勢いのベンチャーだ。それなのに、業界のことをまったく知らないマスコミが、M社をJ社が買収するというニュースを流したのだ。
「せめて逆だったらありえるんだろうけどね」とZ氏は言う。同感です、と私も言った。あの恥ずかしい記事を出したのは、どこのメディアでしたっけ。
「どこだったかな、思い出せないけど」Z氏は言った。「そもそも、いつごろのニュースだったかな。調べてみたら分かると思うんだけど」
私は検索して調べてみた。それは今日のニュースだった。そして、M社によるJ社の買収は、正式に発表されていた。ニュースによれば、J社は業界の評判とは裏腹に、過剰投資のせいで赤字を垂れ流しており、M社は潤沢なストックを使ってJ社の技術を取り込むことにしたのだという。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ」Z氏は言った。まったくの同感だった。
「昔は良かったよな……具体的には言えないが」とZ氏は言った。
私は完全に同意した。具体的に言えないというところまで含めて。
別れ際、「前にどこかで会ったかな」とZ氏は言った。
はい、たぶん、と私は答えた。初対面だったかもしれませんけど。
「そうかもしれない」とZ氏は言った。「そんな気がしてたんだ」
翌日、Nというマンガ家の作品が自宅に届いた。いつのまにかオンライン書店で注文していたらしい。なぜ買ったのかは思い出せないけれど、なかなか面白い作品だった。続きが楽しみだ。
2020/09/14 - 2020/09/15
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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