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夜の街

 日没の時間、アラートが街に響く。夜のはじまりだ。みんなが一斉に退社しはじめる。

 システム管理をしている私は、なんだかんだといつも退社が最後になる。

「早く帰れよ」と上司の岩田さんがそう言ってエレベーターに消えると、フロアには一人となった。

 オフィスの戸締りをしていると、大沼さんがトイレから現れる。面倒見のいい一年先輩だが、くたびれた風貌のせいかだいぶ年上に見える。

 

「今日、飲みに行く?」大沼さんは言う。私は端末のカレンダーを見る。金曜日だが、月末ではない。

「自粛日ですよ」私は言う。

「つまらないこと言うなよ」大沼さんは答える。「いいところに連れて行ってやるからさ」

「これはどうします?」私は自分の端末を指差す。

「これがある」そう言って大沼さんが取り出したのは小さなドライバーで、止める間もなく私の端末を手に取ると、あっという間にカバーを外し、バッテリーを抜いてしまう。「これで大丈夫だ。あとで戻すから、なにか言われたら不具合だったと言えばいい。さ、行くぞ」

 

 眩しい駅ビルとは反対側へ、大沼さんは歩き出す。次第に街灯の数が減り、あたりは暗闇だ。大沼さんはその中を慣れたふうに歩く。ライトを点けようとしたが、端末はバッテリーを抜いてしまったのだった。

 手元も見えない闇。あたりは絶えずガサガサと音がして、風なのか、私達のように歩いている人達が近くにいるのか、別の生き物が徘徊していても不思議ではない。

「このへんだったと思うが」という大沼さんの声も頼りにするが、それは右から聞こえるようでも、左から聞こえるようでもある。ガンガンと大沼さんが何かを叩いたかと思うと、がちゃりと扉が開く音がして、中から真っ赤な明りが広がる。暗闇に慣れた目には眩しすぎる。

 ようやく目が慣れて、あたりを見ると、想像以上に狭い路地を歩いてきたことに気付く。扉の中は、狭い地下への階段に続いている。

 

「この階段が長いんだよなあ」大沼さんが愚痴を言う。実際、階段はどこまでも長く、静かである。遠くで何かを叩くような音が聞こえる。階段を下りるにつれ、その音は大きくなる。自分たちが、音の方向に向かっているのだとようやく気付く。音が体を揺らすほどの振動になったとき、階段は終わり、扉が出迎える。

「さ、着いた」大沼さんはさっと階段の扉を開ける。

 

 隠れ家のようなお店に向かっているのだと思っていたが、扉の中にあったのは……街であった。ごちゃごちゃと沢山の店が並んでいて、どこまで続いているのかは分からない。階段は無人だったのに、ここには溢れるほどの人がいる。騒々しい音楽が鳴り続け、色取り取りの照明が照らす。

 人の群れに私はたじろぐが、大沼さんは気にせず先を歩く。店先で飲みながら大声で笑う人達。前から歩いてきた酔っぱらいが、こちらへぶつかって来そうになり、私は慌てて避ける。

「こんなところに地下の街が」私は言う。

「ここは夜の街だよ」大沼さんは言う。「何か食べるか? カラオケにでも行くか? クラブか? もう少し静かなところもある」

「カラオケってなんですか?」

「酒を飲んでみんなで歌うんだよ」

「それって面白いんですか?」

 大沼さんは笑う。「あとで試させてやるよ」

 

 私達はカウンターしかない、狭くて汚れたレストランに入る。目の前で店主が、串で刺した肉や野菜を揚げて、ふるまう。私達は三人用くらいの長椅子に、他の客と一緒に七人で座っている。

 ダーツをやりたいと言う大沼さんが、行き付けだというバーへ向かう。「おまえもやってみろよ」とダーツを渡されるが、ごったがえす客達に当てずに投げる自信がない。

 バーの裏路地からさらに地下へ下りる階段があり、そこでは複数の女性にもてなされる。私達は浴びるようにアルコールを飲む。

 その隣の暗い店でさらにアルコールを飲み直すと、楽器を持った人達が目の前で演奏をはじめる。次にマジシャンの女が現れ、その次に口から火を吐く男が出てきたので退散する。

 そして私達はカラオケへ行く。大沼さんはマイクを握り、聞いたことのない曲を大声で歌い、私も一緒に歌うようそそのかす。これほどの大声を上げたことが、これまでにあっただろうか? 大沼さんが端末を操作すると、アルコールが無限に運ばれてくる。

 通りの端にラーメンの出店があって、大沼さんが寄りたいという。私はもうくたくたで、そのため断れない。

「楽しかっただろ?」大沼さんが味噌ラーメンを食べながら言う。

「大丈夫でしょうか。こんなに密にいて」今更そんなことを私は言う。

「緊急事態なんて嘘さ。一体いつから続いてるんだ? 家から会社、会社から家。密がダメなら、なぜ電車や職場は問題ないんだ?」

「さあ」私は答える。

「陰謀だよ。仕事だけをするように仕組まれてるんだ。俺はもう何年もこういう生活を続けてるけど、風邪ひとつひかない」

 そう言って大沼さんはまたビールを注文する。ジョッキが二つ。もちろんそのうちの一つは私の前に運ばれてくる。

 

 気付いたとき、私は路地で寝ていた。空は明るい。ということは、ここは外だ。端末にバッテリーを入れ直すと、もうすぐ正午だという。私はゆっくりと立ち上がる。頭痛がひどい。大沼さんの姿はない。先に帰ったのだろうか。私を上まで見送ってくれたのだろうか。

 二日酔いは三日酔いとなり、気付いたら週末は終わっていた。

 

 月曜日、会社に行くと大沼さんはいなかった。昼になっても現れず、休みをとったのか、結局会えずじまいだった。

 日没の時間、アラームがなり、同僚たちが足早に帰っていく。私はまた戸締りをする。「早く帰れよ」上司の岩田さんが言う。

「はい、もうすぐ」私は答える。

「それから」岩田さんは言う。「夜の街にはもう行くなよ。端末に細工したってすぐにバレるんだからね」

 

2020/07/03 - 2020/07/14

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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