夜遅く、そろそろ寝ようと思ったところでインターホンが鳴った。いったい誰だ。宅配業者にしては遅すぎるし、急に押し掛けてくるような友達はいない。我が家はしがないワンルーム。居留守を使いたいが、足音を立てると訪問客に気付かれてしまう。そっとカメラで確認すると、二人組の警官が立っていた。慌てて玄関を開ける。
「夜分にすみません」背の高いほうの警官が言う。二人とも若くもなく年配でもなく、中堅という雰囲気。私と同じくらいだろうか。
「Mさんですよね」背の低いほうの警官が私の名前を言う。
「ええ」
「いくつか確認したいことがありまして」そう言いながら、背の低い警官が懐から紙きれを取り出す。背の高い警官は後ろから、私の狭いワンルームを興味深そうに確認している。
紙にはツイートのスクリーンショットが印刷されている。「明日、この街の学校ぜんぶ爆破する」日付けは6時間ほど前。
「これはあなたの投稿でしょうか」
「いやいやいや」私は言う。「こんなことは書きません。ツイッター、Xでしたっけ、昔はやってましたけど、もう数年前からやってません。社会人には忙しすぎます」
警官二人は意外な答えが返ってきたという風に目を合わせる。
「このアカウント名を見てください」背の高い警官が長い腕を伸ばして、スクリーンショットの端を指差す。「これはあなたのアカウントではないですか」
「えー、ああ、なるほど、これは確かに私が昔使ってたアカウント名ですね……。でも、しばらく使ってなかったので、無効にされちゃったんだと思います。それで、いまは別の人が取得したんじゃないでしょうか」そう言って私はベッドの上にあるスマートフォンに手を伸ばす。
「スマホには触れないでください!」背の低い警官が言う。「疑って申し訳ないですが、証拠隠滅の恐れがありますので」
私は黙って従う。
「たいへん恐縮ですが」背の高い警官は言う。「スマホと、他にもパソコンなどあれば一緒に、お手数ですが警察署まで少しご同行いただけないでしょうか。問題がなければすぐに終わりますので」
「いや、だからそのアカウントはもう使ってないんですけど……」私は言うが、警官は動じない。「分かりました」
人生で初めてパトカーに乗って警察署に着く。警察官は私が自発的に協力した体でパソコンとスマートフォンを調べる。そして私は部屋に放置される。すでに午前三時だ。
ようやく部屋に現れたのは第三の警官。さっきの二人よりも明らかに年配で、くたびれた雰囲気。そして入ってくるなり、こちらを一瞥して言う。
「爆破予告をしたのが君かね」
「いや……だから……」私は言う。「パソコンからなにか出てきましたか? なにもないでしょう。家に帰してください。明日も仕事なので」
「別のパソコンを使うこともできる」警官は言う。「投稿して、痕跡を消すことだってできる」
「でもその証拠だってない。今日もずっと仕事して遅くに帰ってきて家でゴロゴロしてただけ」自分で言っていて空しくなる。「学校を爆破するつもりなんてありません」
「でもピーポさんは君がやったと言ってるんだ!」警官は言う。
「……ピーポさん?」私は答える。「それは、目撃者かなんかですか?」
警官はしばらく黙る。そして口を開く。「最新式のAIだ」
「じゃあ、AIが私を犯人に仕立ててるってことですか? 私がここにいるのもAIのせい?」
「最新式なんだぞ」警官は言う。「すごく高精度なんだ」
「ハルシネーションって知ってます? 私も仕事でAIは使ってますけど、ふつうによく間違えますよ」
警官は黙る。あまりAIに詳しくないのだろう。マイノリティ・リポートもP・K・ディックも知らないに違いない。
「分かりました、じゃあとりあえず、そのAIと話をさせてくれませんか? 私が直接説明すれば状況を分かってくれるかもしれない」
警官はなお黙っている。私も黙る。どれくらい沈黙が続いただろうか。警官はようやく言った。「上と確認してみよう」
三十分後、ようやく私は呼び出され、別の、さきほどより大きな部屋に移される。中には十人近い警官がいて、最初の二人と、第三の警官もいる。真ん中に立派な机があり、その向こうに第三の警官よりさらにベテランの、恰幅の良い警官が立派な椅子に座り、机の手前にパイプ椅子が置かれている。
机の上には富士通の大きなノートパソコンが開かれて、アプリケーションが一つだけ表示されている。どうやらこれがピーポさんらしい。
「座って」と第三の警官が言い、私はパイプ椅子に座る。
私は合図を待つが、誰もなにも言わない。
「好きに初めてくれ」と恰幅の良い警官が言う。
「はい、では、まず私は……」
「いや、音声入力には対応していない」第三の警官が言う。「キーボードを使って」
「ああ、はい」私はノートパソコンに手を伸ばして文字を打ち込む。
「爆破予告をしたと間違われた者です。まず、私はこのアカウントを昔使っていましたが、しばらく放置していたので、他人が取得してしまったのだと思います。それに、この時間、私はまだオフィスで働いていました」
エンターキーを入力すると画面が切り替わり、処理中であることを示すアイコンがくるくると回転する。みんながピーポさんの回答を待つが、返答はなかなか表示されない。
第三の警官が様子を確認しようかと一歩前に乗り出した時、ようやく回答が表示される。
「おっしゃる通りですね! 大変申し訳ありませんでした。犯人は渋谷区のAさんです」
2025/11/20 - 2025/11/21
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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