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土星から

 土星から奇妙な電波が届くようになったとき、もちろん世界中が大騒ぎになった。それは明らかに人為的な信号だと電波を分析した専門家たちは伝えたが、その意味については何ヶ月という時間をかけても解読することはできなかった。

 

 信号の中身は秘密とされたが、宇宙人を信じる急進的な一派が研究所を襲撃したことで、そのデータは世界中に公開されることになった。多くの人が躍起になって調べたが、それでも意味を解読できる者は現れなかった。

 

 電波は日が経つごとにさらに強くなり、素人が立てたアンテナでも受信できるほどになったが、反対に人々は土星への興味を徐々に失っていた。今や多くの人が土星人の存在を信じてはいたが、それは名前だけ知っていて連絡先を知らない遠くの親戚のようなもので、彼らと交流できる日が来るとは誰も期待していなかった。だいたい、すぐそこに見える月でさえ人類は半世紀近くごぶさたしているのだ。

 

 そういうわけで人類は技術力の限界を露呈させてしまったが、土星にはそれを上回るテクノロジーがあった。冬のよく晴れた日、電波が各家のテレビや電子レンジに不具合を及ぼすほど強くなったかと思うと、上空に宇宙船がとつぜん現れたのだ。ピカピカの、ステンレスのフライパンのような宇宙船で、取っ手の先からあの電波が発信され続けていた。

 

 有人宇宙船か無人宇宙船かは定かではなかったが、なにか地球に訴えたいことがあるのだろうとは誰もが感じた。ある者はそれが地球への宣戦布告だと言い、またある者はこれから地球を襲う自然災害の警告に来たのだと言った。

 

 世界中の専門家と世界中のアマチュアが、通信内容の解析に勤しんだが、シンプルなパターンであることは明らかなのに、未だ中身を理解することはできなかった。いや、これが通信の翻訳なのだと訴える人達はたくさんいたが、それが正解であることは誰も証明できなかった。

 

 宇宙船は地球の上空を一週間ほど飛び続けた。これは侵略なのか、撃ち落とすべきかと各国の政治家が頭を悩ませたが、ある日そのフライパンはふらふらと地上に降り立った。そして中からは、にわかに形容しがたい、土星人が現れた。土星人は開口一番に言った。「いやー、こんなに翻訳に苦労した星は始めてです」

 

「私はこのあたりの宇宙を順番に巡っているところなんです。先日からこちらにお邪魔しようとご連絡さしあげていたのですが、なかなか通信が伝わりませんで、ご迷惑をおかけしました」そう言うと、土星人はおじぎのような動きを見せた。

 

「それで、さっそくお願いなんですけど……名刺交換をさせてもらえませんか? いや、本当に、名刺だけで構わないんです。なにしろ、これが宇宙営業の最初の研修課題で……」

 

2020/04/22 - 2020/04/23

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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