毎週金曜、夜の八時になると、街を歩く人はいなくなる。みんな家にさっと戻って、テレビにかじりつくのだ。ほんの少し前までテレビの時代は終わったなんて言われていたのに、今では日本中で何千万という人達が、大人気番組「ダウンサイジング・ジャパン」をリアルタイムで見ようと固唾を飲んでいる。
ダウンサイジング・ジャパンは、日本政府が支援する特別な番組だった。仕組みは過去にたくさんあったリアリティーショーそのもの。素人の集団が出てきて、各々が必死のアピールを行い、それを見た視聴者が投票を行って、毎週一人づつ脱落していく。そして最後まで残った勝者が、多額の賞金を得る。
ダウンサイジング・ジャパンが既存のリアリティーショーと異るのは、評価されるのが個人ではなくて、自治体というところだ。毎シーズン、過疎化が進む自治体がずらずらと出てきて、必死に名物や観光地のアピールを行い、視聴者は気に行ったところに投票する。
最後まで生き残った自治体は、国から特別な交付金が与えられる。反対に脱落した自治体は、将来の交付金が完全に差し止められる。自治体にとっては死刑宣告だ。そこに住む人達にとっても。
トータルで見れば、交付金の金額は確実に削減されている。「選択と集中」と政府は言う。「生き残るべきところを生き残らせなければならない」と。言い換えれば、死ぬべきところは死ね、ということだ。人口減少がどんどん加速する国で、すべての自治体を維持することはできない。ならばどこが生き残るか、エンターテイメントとして決めればいいじゃないか、と。
番組が始まったころは、みんなが知らないような過疎地ばかりが出てきて、必死の生き残りを競い、誰もが他人事としてこのエンターテイメントを楽しんでいた。初期のシーズンで優勝した自治体の多くが観光地として一躍有名になったし、番組を通じてファンになったという人達も少なくなかった。
しかしシーズンが進むにつれて、「選択と集中」はより顕著になり、名の知れた都市も次々と出場するようになった。自分たちが生まれ育った街が、文字通りの生き残りをかけて番組でアピールを行う。負けた都市はその瞬間から存続の危機に陥る。事務的には他の都市に吸収される形になるが、そこに自治体のサービスはなく、人が住み続けることはできない。
地元を存続させるために必死に活動を行う人達、それを妨害するライバル都市の人達、それを傍目で見ている人達。番組が拡大するにつれて都市の死に向き合う視聴者のカタルシスは増大する一方だった。人口百万人を超える政令指定都市が番組に出場して競うようになると、その応援と妨害は社会的運動そのものになった。どの街が生き残り、どの街が死ぬべきか、誰もが明確な味方か敵となって争うのだ。
最終シーズンを迎えるころには、日本に残ったまともな自治体は、両手で数えられるほどになった。人口密度を上げ、自治体のサービスを局所的に集中させることで、究極の効率化を行ったのだ。地方の無駄は取り除かれた、と官僚たちは胸を張った。
ところで、と司会者は言った。世界には百以上の国があって、どれもばらばらに運営されているのは非効率的だと思いませんか。そういうわけで次シーズンから、ダウンサイジング・ジャパンはリニューアルされ、ダウンサイジング・グローバルとして生まれ変わります。第一シーズンで取り上げるのは東アジア。出場するのは日本と……。
2020/05/19
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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