退屈な役者二人のためのとても短い脚本
暗闇。
女の声「恵まれてそうに見えても、本当に恵まれているかどうかは他人には分からない」
明転。
居酒屋か、喫茶店のようなところ。
小さなテーブル。男女が向かいに座っている。
派手な衣裳の女。早口。
地味な衣裳の男。分厚いサングラスをしている。どこを見ているのかよく分からない。
女「そう思わない?」
男「うーん」
女「『エスパー魔美』を読んでいて思ったんだけどさ、関係ないけど高畑さんってマンガのヒーローにしては冴えない顔だよね」
男「ふーん」
女「じゃなくてエスパーの話で、例えば超能力が使えるとすごい便利、って思いがちだけど、きっと使えたらそれはそれで面倒なこともあると思うのよね。明らかな問題点としては、まずばんばん使うわけにいかないじゃない。屋根の上をテレポーテーションで飛び回ってたら、きっとすぐ自衛隊が出てきて捕まるわよ、物騒な世の中だし。私だって通報する。きっとそうする」
男「うん」
女「だいたいテレポーテーションが出来たとして行きたい所があるわけでもないのよ。心の翼が飛び立たない?まあ地球の裏側まで行けたら別かもしれないけど、でもビザがないとやっぱり捕まるという。もしくはテレパシーが出来てもさ、人の話なんてこれ以上聞きたいとも思わないし」
男「あー」
女「腹減ったなー、とか。仕事めんどいー、とか。そんなのばっかりよ実際きっと。あいつ巨乳だなー、とか。そういう人間の…」
男「あっ!」(驚く)
女「え?」
男「あ、ああ」(落ち着く)
女「人間の心の声って聞きたくないよね。はっきり言って、自分の心でさえ聞きたくないと思わない?」
男「あー、うーん」
女「どう思う?聞いてみたい?」
男「え?」
女「聞きたい?」
男「あ、ごめん、ちょっと待って。…なにが?」
女「心の話」
男「心?」
女「聞いてた?」
男「あー、うん、最後はあんまりよく分からなかったけど」
女「どこまで聞いてた?」
男「あー、ごめん、ちょっと待ってよ。…どこだったかな?」
女「覚えてない?」
男「なにが?」
女「話」
男「心の話でしょ」
女「だからさ」
男「あ!来た!」
女「何が?」
男「よしー」
女「聞いてる?」
男「あ、駄目だ!そっちじゃない、あ!あ!うわ!あー。あー、あーあー」
男、椅子に深く倒れ込む。間。
男、不意にサングラスを外し、元通り座る。
男「心の話だっけ?うーん、心ってまあ人間の一部だよね」
女「今、何してたの?」
間。
男「テトリスってロシア人が作ったんだよ。昔の話だからソ連かもしれない」
女「で?」
男「ロシア人はみんな寒い冬をテトリスをしてやり過ごすんだよ」
女「そうなんだ」
男「いや、知らないけど、たぶんそうさ。とにかくそれだけテトリスは中毒性が高い」
女「だから?」
男「僕はテトリスに首ったけ」
女「だから?」
男「家でもテトリス」
女「だから?」
男「外でもテトリス」
女「うん」
間。
女「外?」
女、サングラスに気付いて手に取り、装着。
女「わ!」
サングラスを外す。
女「テトリスになってる!」
男「ドンキホーテで4000円だった」
女「前が見えない!」
男「テトリスをやるのに前を見る必要はないよ」
女「え?ここまでは?」
男「道順ならまかせて。だいたい覚えてるから」
女「そのうち誰かに刺されるよ」
男「今のところ大丈夫」
女「財布盗まれたりとかさ」
男「今のところ…え?あれ?うそ?」
男、ポケットなどあちこちを探る。
男「…あ」
女「テトリスってすごいね」
男「世の中どうなってんだ…」
女「あなたに言いたい」
男「あー、もう何もやる気がしねえ」
女「どうするの?」
男、サングラスをかける。
女「何もやる気がないんじゃないの?」
男「男は逃避して大きくなる」
女「ご立派」
間。男、時々身悶える。
女「それでよ、超能力が使えたらいいなって思うタイプ?」
男「女って絶対自分の話を途中でやめないよね」
女「そう?」
男「そうだよ」
女「で、超能力が使えたらいいなと思う?」
男「ほら」
女「どうなのよ」
男「女って人の話を聞かないで自分の話をするよね」
女「そんなことない。テトリスはロシア生まれ」
男「ふーむ」
女「で、超能力」
男「いいなと思うよ」
女「テレパシーでも?」
男「いいね。望みのない告白で失恋することがなくなる」
女「超能力者がいたら尊敬する?」
男「するだろうな」
女「どんな超能力でも?」
男「鼻からスパゲティを出す能力とかだと嫌だな。尊敬出来ない。ザ・ワールドとかなら最高。ディオ最高」
女「なにそれ」
男「時間を止める能力」
女「あ!」
男「何だよ」
女「それそれ!」
男「それって?」
女「私、時間を止められるのよ」
男「マジかよ」
女「マジだよ」
男、サングラスを外す。
男「やってみてよ」
女「いいの?」
男「おう…いや、ちょっと待って!」
女「せーのーで」
男女、動きが止まる。暗転。
2005/12/26 - 2005/12/29
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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