退屈な役者二人のためのとても短い脚本
暗闇。
男の声「マスター、いつもの」
明転。
バーのようなところ。
女が一人でスツールに座っている。時々、携帯電話を取り出して操作する。
一人の男がいつもの(いっぱいのミルク、グレープがグラスに刺さったフルーツジュース、缶コーラなど、何か馬鹿馬鹿しい飲み物)を受け取り、女から離れた所に座る。
ふと女の存在に気付いた男、女に目をやりながら、ちびちびと椅子ごと近付く。
男「まったく、参ったよマスター。今日も仕事でてんてこまいさ」
男「あの商談ならまとめたよ、鈴木くんと、いや、ほとんど僕一人でね」
男「明日はまたパーティだ。今季も成績が一番だったから表彰されるんだよ」
男「おっと、もう黙っておこう。この前、上司にも言われたのさ。『君が出世頭なのは誰から見ても明らかだが、だからこそ奢らずに人並以上に頑張らなければならない』」
男、言いながら女のすぐそばまで寄る。
女、男に気付く。
男「おっと、こんばんは」
女「こんばんは」
男「この店にはよく来るのかい?」
女「いいえ」
男「だろうね。初めて見る顔だ。僕はこの店、一番の常連だよ。そうだよねマスター?」
間。
男「まあ、確かに三田村君を考慮に入れると二番目かもね。まあでも、彼をカウントするのはフェアじゃない。実質的には僕が一番さ」
間。
男「ああ…仁科さんか。まあこの話はやめよう。君の血液型を当ててもいいかな?A型だろう」
女「それは可能性として一番高いですから」
男「ははは、なかなか聰明な人だ。一杯奢ろう。何がいい?」
女「大ジョッキ」
男「…マスター!こっちに大ジョッキ一つ!」
女「飲まないんですか?」
男「アルコールは臭いが嫌いでね」
女「ここへ何しに…いえ、いいです」
男「出身地を当てよう」
女「ちなみに血液型はABでした」
男「…これは参った、性格が悪いね。ABらしい」
男、立ち上がって大ジョッキを持って来る。
女「血液型と性格に…」
女、大ジョッキを受け取って飲む。
女「特別な相関性があることは実証されていません」
男「僕は僕の経験を実証している」
女、ぐいぐいと飲む。
女「マスター、もう一杯」
男「やるねえ」
女「私の特技を当ててみて下さい」
男「特技…?料理」
男、言いながらジョッキを交換。
女「マスター、この一杯はこの人(男)のお金で」
男「えーっと、何か…運動」
女「次の一杯も」
男「問題が難し過ぎるな!特技なんて、星の数ほどある」
女「わたしゃ、あんたの特技が分かるよ」(酔ってきている)
男「ほほう」
女「『なにもなし』」
男「おいおい、それはひどいな。こう見えてもスポーツならだいたい出来るし、ギターだって玄人はだし、これまでに読んだ本とこれまでに見た映画の数は、普通の人とはちょっと桁が違うよ」
女「そんなの特技じゃねえや。マスター、次!」
男「じゃあ、君は一体どんな特技だって言うんだ」
女「あっちむいてホイ」
間。
男「へ?」
女「あっちむいてホイなら誰にも負けねえ。事実、負けた記憶がねえ」
男「それは確かにすごいね」
女「分かったならビール持って来いよ」
男、ジョッキを交換。
男「じゃあさ、もし今日僕が君に勝ったら、君に土をつけた初めての人間となるわけだ」
女「土だって、馬鹿らしい」
男「挑戦してみてもいいかい?」
女「きっと泣くよ」
男「誰が」
女「テメエだよ。まるで全然勝てなくて、悔しくて悔しくて泣くよ」
間。
女「それでもいいなら、どうぞ」
男「ジャンケン…」
女「マスター、とりあえずビール!」
男「いいかい?」
女「どぞ」
男「ジャンケン…ポン!」
女、勝つ。
女「あっち向いてホイ!」
女、勝つ。
女「どう?」
男「まあ、そういきなりは勝てないよな。ジャンケン…ポン!」
女、勝つ。
女「あっち向いてホイ!」
女、勝つ。
女「ビール持って来いよ」
男、無言でジョッキ交換。
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
間。
女「あー、歯応えが無さすぎて酒がまずい。マスター、もう一杯、今度は美味しいビールちょうだい」
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
間。
男「…ジャンケンでまず勝てない」
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
女、ジョッキを替えろというジェスチャー。男、無言で従う。
男、ジョッキを持って来る。
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
女、ぐいぐいと飲む。
女「よえー。近所のメダカよりよえー。とりあえずビール!」
女、きょろきょろと当たりを見回す。
女「あー、食べ物も注文しちゃおうかな。ポテトか…」
男「ジャンケン、ポン!」(不意に)
男が勝つ。
男「あ!やった!勝った!勝ったぞ!」
女、男を平手で打つ。
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男「え、ちょっと…今、僕が…」
女、男を平手で打つ。
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男「あれ?ええと…?」
女、男を平手で打つ。
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)
男、何も出来ず涙目。
女「マスター、ビールまだあ!?」
暗転。
2005/12/29
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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