youkoseki.com

コミュニケーションの現場 2

退屈な役者二人のためのとても短い脚本

 暗闇。

男の声「マスター、いつもの」

 明転。

 バーのようなところ。

 女が一人でスツールに座っている。時々、携帯電話を取り出して操作する。

 一人の男がいつもの(いっぱいのミルク、グレープがグラスに刺さったフルーツジュース、缶コーラなど、何か馬鹿馬鹿しい飲み物)を受け取り、女から離れた所に座る。

 ふと女の存在に気付いた男、女に目をやりながら、ちびちびと椅子ごと近付く。

男「まったく、参ったよマスター。今日も仕事でてんてこまいさ」

男「あの商談ならまとめたよ、鈴木くんと、いや、ほとんど僕一人でね」

男「明日はまたパーティだ。今季も成績が一番だったから表彰されるんだよ」

男「おっと、もう黙っておこう。この前、上司にも言われたのさ。『君が出世頭なのは誰から見ても明らかだが、だからこそ奢らずに人並以上に頑張らなければならない』」

 男、言いながら女のすぐそばまで寄る。

 女、男に気付く。

男「おっと、こんばんは」

女「こんばんは」

男「この店にはよく来るのかい?」

女「いいえ」

男「だろうね。初めて見る顔だ。僕はこの店、一番の常連だよ。そうだよねマスター?」

 間。

男「まあ、確かに三田村君を考慮に入れると二番目かもね。まあでも、彼をカウントするのはフェアじゃない。実質的には僕が一番さ」

 間。

男「ああ…仁科さんか。まあこの話はやめよう。君の血液型を当ててもいいかな?A型だろう」

女「それは可能性として一番高いですから」

男「ははは、なかなか聰明な人だ。一杯奢ろう。何がいい?」

女「大ジョッキ」

男「…マスター!こっちに大ジョッキ一つ!」

女「飲まないんですか?」

男「アルコールは臭いが嫌いでね」

女「ここへ何しに…いえ、いいです」

男「出身地を当てよう」

女「ちなみに血液型はABでした」

男「…これは参った、性格が悪いね。ABらしい」

 男、立ち上がって大ジョッキを持って来る。

女「血液型と性格に…」

 女、大ジョッキを受け取って飲む。

女「特別な相関性があることは実証されていません」

男「僕は僕の経験を実証している」

 女、ぐいぐいと飲む。

女「マスター、もう一杯」

男「やるねえ」

女「私の特技を当ててみて下さい」

男「特技…?料理」

 男、言いながらジョッキを交換。

女「マスター、この一杯はこの人(男)のお金で」

男「えーっと、何か…運動」

女「次の一杯も」

男「問題が難し過ぎるな!特技なんて、星の数ほどある」

女「わたしゃ、あんたの特技が分かるよ」(酔ってきている)

男「ほほう」

女「『なにもなし』」

男「おいおい、それはひどいな。こう見えてもスポーツならだいたい出来るし、ギターだって玄人はだし、これまでに読んだ本とこれまでに見た映画の数は、普通の人とはちょっと桁が違うよ」

女「そんなの特技じゃねえや。マスター、次!」

男「じゃあ、君は一体どんな特技だって言うんだ」

女「あっちむいてホイ」

 間。

男「へ?」

女「あっちむいてホイなら誰にも負けねえ。事実、負けた記憶がねえ」

男「それは確かにすごいね」

女「分かったならビール持って来いよ」

 男、ジョッキを交換。

男「じゃあさ、もし今日僕が君に勝ったら、君に土をつけた初めての人間となるわけだ」

女「土だって、馬鹿らしい」

男「挑戦してみてもいいかい?」

女「きっと泣くよ」

男「誰が」

女「テメエだよ。まるで全然勝てなくて、悔しくて悔しくて泣くよ」

 間。

女「それでもいいなら、どうぞ」

男「ジャンケン…」

女「マスター、とりあえずビール!」

男「いいかい?」

女「どぞ」

男「ジャンケン…ポン!」

 女、勝つ。

女「あっち向いてホイ!」

 女、勝つ。

女「どう?」

男「まあ、そういきなりは勝てないよな。ジャンケン…ポン!」

 女、勝つ。

女「あっち向いてホイ!」

 女、勝つ。

女「ビール持って来いよ」

 男、無言でジョッキ交換。

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

 間。

女「あー、歯応えが無さすぎて酒がまずい。マスター、もう一杯、今度は美味しいビールちょうだい」

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

 間。

男「…ジャンケンでまず勝てない」

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

 女、ジョッキを替えろというジェスチャー。男、無言で従う。

 男、ジョッキを持って来る。

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

男「ジャンケン、ポン!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

 女、ぐいぐいと飲む。

女「よえー。近所のメダカよりよえー。とりあえずビール!」

 女、きょろきょろと当たりを見回す。

女「あー、食べ物も注文しちゃおうかな。ポテトか…」

男「ジャンケン、ポン!」(不意に)

 男が勝つ。

男「あ!やった!勝った!勝ったぞ!」

 女、男を平手で打つ。

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

男「え、ちょっと…今、僕が…」

 女、男を平手で打つ。

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

男「あれ?ええと…?」

 女、男を平手で打つ。

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

女「あっち向いてホイ!」(女が勝つ)

 男、何も出来ず涙目。

女「マスター、ビールまだあ!?」

 暗転。

 

2005/12/29

ツイート このエントリーをはてなブックマークに追加

この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

星新一賞入選のロボット子育て小話「キッドイズトイ」はAmazon Kindleにて100円で販売中。

その他のテキスト

見えない大学 : 自転車
広大な構内を走り回るのに自転車は必須である。どれだけ熟慮して時間割を組んだとしても、短い休み時間に次の講義を求めて大学を東隅から西隅まで横断して歩く必要が週に二度か三度は生まれる。それは自転車を用いても精一杯の距離だ。では教授が講義を延長したら?……

見えない大学 : コンビニエンス・ストア
開店時には地元新聞に取り上げられるほどの注目を集めたにも関わらず、コンビニエンス・ストアが構内のどこに位置しているのか知る学生は少ない。部外者ともなれば尚更である。正門を入ってすぐ左手の案内所には、コンビニエンス・ストアまでへの道順を記した地図が山積みされている。どこかの気紛れなメディアが、物珍しい大学構内のコンビニエンス・ストアを紹介すると、それ目当てに現れる周辺住民や観光客が後を絶たないからである。……

コミュニケーションの現場 1
暗闇。……

偶然のオフサイド 5
「すいません」と、駅前で女性に声をかけられた。……