これまで多くの都市を巡ってまいりましたが、その中でも一番に交通の発達した都市の話でございます。交通といっても車ではございません。確かにその都市も複雑に入り組んだ道路に囲まれておりましたが、一番に交通を支えていたのはなんといっても沢山の鉄道、特に地下鉄でありました。
いま思い返しても、その都市にどれだけの鉄道が集約していたのか私には数え切れぬほどございました。もともとは交通の要所として鉄道が発達したということでありますが、その発達に合わせて人が集まり、そうした人達を運ぶために更なる鉄道が作られ、今では都市を巨大な駅が支配するに至ったのであります。鉄道があまりに増えすぎた結果、それを許容する巨大な駅は改築に改築を重ね、果てには迷路のような姿となったのでございます。いえ、まさにそれは迷路でございました。数多くの出入口が待ち構えておりますが、どの口とどの鉄道が繋がっているかは誰にも知り得ぬることであります。特に地下の構造はいびつでして、通路は常にゆるやかなカーブを描き、通路と通路の間には小さな階段を挟み、歩いているうちに誰もが方向感覚を失ない、おまけに自分がどこへ向かっているのか目的意識まで薄れてくるのでありました。
もちろん、この都市に慣れぬ者はすぐに遭難し、また慣れた者であっても知らぬ通路へは近付こうとしませんでした。知らぬ通路がどの出入口や鉄道に辿り着くのか検討もつかぬからでございます。それでも鉄道の侵食は止まず、私が訪れた瞬間にも、駅は新しい鉄道のため、改築を重ねようとしておりました。
多くの者が、毎日同じ鉄道から同じ鉄道へ乗り換えるためにこの都市を訪れております。ある鉄道からもう一つの鉄道への乗り換えのため、一群が雪崩のように歩く一方、もう一群は二つ目の鉄道から一つ目の鉄道へ反対に、やはり雪崩のように歩いてはすれ違うのでございます。この都市に鉄道の有用性を疑うものはありません。試しに私は鉄道に乗らず都市を歩いてみましたが、駅の中とは異なり外はとても静かで、すれ違うのは駅そばで働く役人だけでありました。そして私は、あまりにすぐ隣駅を発見し、驚いたほどであります。誰もが鉄道に支配された結果、わずかの距離でさえその中に押し込められて動くというのがこの都市に集まる者たちの習性なのであります。
そこはまさに交通都市でございました。そして大勢の人間はその都市の住まうことはなく、ただ左から右へ、右から左へと鉄道に乗っては去って行くだけであります。夜中、その日最後の鉄道が駅を発つと、乗り遅れたものたちがどこからか集い、ようやく都市は人々の手に戻るのでありました。交通が死ぬ時間、交通に支配されていた人々が生き返る。それもまた交通都市、アルタの姿なのでございます。
2007/10/16
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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