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チャーリー・フィッツジェラルド「すてきな美術館」展

 チャーリー・フィッツジェラルドの個展が日本で開催されるというニュースは矛盾する二つの意味で衝撃であった。一つは彼ほどのアーティストの初めての個展を他ならぬ日本の美術館が射止めたこと。確かに恵比寿現代美術館という優れた環境はあった。しかし開館以来快進撃を続けている彼らにとっても、フィッツジェラルドは並の相手ではない。

 

 その一方、彼と彼の作品を受け入れる美術館が未だにあったというのも驚きである。一昨年のニューヨーク前衛美術館での騒動は未だ記憶に新しい。彼の展示した「かわりゆくもの」という名の泥の全身像は、会期中こそ重力の赴くままに形を変えるだけであったが、会期終了と同時に像に隠されていたダイナマイトが爆発、建物に大きな穴(フィッツジェラルドの言う「必然の変化」)をお見舞いしてみせた。さらに続くワシントンD.C.では「事故」という、小型モーターで常に各所が動き続けるブリキの機械を発表。当初はただナンセンスな作品と見られていたが、日に百万分の一の確率で毒ガスを生成することが明らかになり、すぐに撤去となった。

 

 こうした一連の騒動に対し、フィッツジェラルドが挑発的なコメントを繰り返していることも、もちろん彼の悪名を広めている原因である。結果、昨年末には全米の美術館が連名で彼の作品の取り扱いのボイコットを宣言するという前代未聞の事件を招き、さすがの彼もアーティスト生命が断たれたかに見えた。そうしたタイミングで発表された日本での個展。期待と不安は高まるばかりである。

 

 以下、各展示を簡単に紹介するが、できれば今すぐ読むのをやめて、直接体験することをお薦めする。

 

 お馴染の狭い入口を抜けて、最初の作品は初期の「すてきなもの」である。これは同時に一名だけが入れる二畳ほどの紫色のテントで、当然どこの展示会でも大行列を招くことで有名である。数十分、場合によっては数時間も待たされるが、中にあるのは過去の展示と同様、全身鏡だけであった。まずは軽くジャブといったところか。

 

 続いては新作。小さな部屋に備えられた四台のベビーカーが、自動運転で部屋中を走り回るというものである。ベビーカーは互いに、あるいは壁に、そして来場者に、容赦なくぶつかり、その度に奇声をあげる。この作品には「みんなのもの」という名前がついている。子連れの来場者はさぞ肩身の狭い思いをするに違いない。

 

 その次の作品は反対に「あなたのもの」という名前がついている。見るためには床に散らばったビー玉を避け、「立ち入り禁止」の境界線で理不尽に囲まれた狭い狭い通路を慎重に歩かなければならない。その終点の先、「立ち入り禁止」線の五メートル向こうに見える十四型くらいのブラウン管テレビが「あなたのもの」である。作品との間には左右に動くロボットが列となって視界を遮るため、テレビに何が映っているかはにわかに判断できないが、おそらく作者の顔を嵌め込んだモナリザではなかったか。

 

 著名な暗室の作品「めだつもの」は部屋の中央に辿りついたところで、周囲に隠れていた携帯電話を構えたロボットから一斉にフラッシュを焚かれるというインスタレーション。部屋を出ると、撮影された写真が次々に印刷されていく様子を見ることができるが、それらはまっすぐに大きなゴミ箱へと消えていく。

 

「だいじなもの」はフィッツジェラルドの出世作。部屋のすべての壁を絵画のフレームが埋めているが、その中に絵画はなく、あるのは貸し出し中の表示のみである。「『幸せのための戦争』は全米ショットガン協会回顧展に貸し出し中です」など、一つ一つ人を食った案内になっている。

 

 本展で一番の話題を集めているのが「あたらしいもの」である。様々なフルーツを組み合わせて作られた異形の人物像であるが、防腐加工が全く施されておらず、「かわりゆくもの」と同じく日々その姿を変化させていく。おまけに今回は姿だけでなく、臭いも変化するのである。既にただならぬ腐臭を放つようになっており、いつまで展示を続行できるのか、見物である。

 

 最後は小品「たのしいもの」である。他の作品同様、名に反したもので、フィッツジェラルド本人が女装して踊る様子を記録した退屈なビデオ作品である。上映時間はおおよそ二時間にも及ぶが、何の起承転結もなく、ただ唐突に踊り始め、幾度かの休憩を挟んで、ただ踊り終えるだけである。美術展では全ての作品を観なければいけない、という人には悪夢であろう。そしてこの作品の肝は、実はそうして鑑賞する人達が盗撮されているということであり、退屈そうな様子は直後の部屋で繰り返し流される。「めだつもの」の延長上にある、最後まで人を食った展示と言えるだろう。

 

 なお、全ての作品紹介は「一人でも多くの共感を得られるため」エスペラントで書かれていることを付け加えておく。水曜休館、12/7(日)まで。

 

2008/11/05 - 2008/11/06

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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