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綺麗な街

 学会があって、偶然に故郷へ戻る機会があった。高校卒業まで毎日を過ごした街だが、ずいぶん久々の帰郷になる。というのも大学合格以降、僕は一人暮らしを始めたし、実家も父の転勤で全く別の街へ引越をしてしまったからだ。改めて数えると六年ぶりか。

 

「静かだし、緑が多くていい街じゃないか」と教授は言った。学会は街の外れにある会議場で行われ、僕達はすぐ隣のホテルに滞在した。どちらも新しい建物だ。昔はここに郊外型のショッピングセンターがあった。あの頃付き合っていた恋人が、よくドライブに連れて来てくれたことを思い出す。僕達のような金のない若者の溜まり場だった。地下のフードコートでいつもアイスクリームを食べた。八十円。パステルカラーの巨大なショッピングセンターで、あたりは一面が駐車場。今はどこも植林が施され、ホテルと会議場がツインタワーとなって僕達を見下ろしている。駐車場は地下だ。恋人は、新しい男を作ったので別れた。センター試験の直後の話。

 

 自分の学会発表は一日目に終わった。二日目は全く別テーマの研究発表ばかりだったので、僕はバスに乗って駅前の中心街へ出た。予想はしていたことだが、街の雰囲気はずいぶん変わっていた。日中でも暗かったゲームセンターが、太陽光の射し込むお洒落なカフェになっていた。マンガをいつも立ち読みしていた古本屋は、フランス語の名前を冠したブティックになっていた。一つ一つの変化に、一つ一つ溜息をつくのが止められなかった。気付くと、僕は高校時代の下校コースを歩いていた。その先にあるはずだったのは、自習に、友人との世間話に、いつも利用していたファーストフードのハンバーガー店。しかし、そこは今日あったのは自然色レストランだった。僕はランチセットを注文した。豆腐ハンバーグが美味しかった。

 

 レストランのテラスからは、かつて住んでいたあたりが見えた。僕が住んでいたのは薄い緑色の団地棟の一つで、その一帯は同じ金型で作られたみたいに同じ形の建物ばかりだった。建物の脇に書かれた棟番号だけがアイデンティティなのだ。今はすべて取り壊され、バラエティ豊かな高層マンションになっている。有名建築家の作品もあるそうで、先日ファッション雑誌にも取り上げられていた。僕が遊んでいた公園はまだあるだろうか。塗装の剥げたすべり台と、錆びて動かないシーソー。それらは撤去され、今はきっとピカピカの遊具があるのだろう。

 

 夜、地元の友人と飲み会をやった。大学院に進んだ僕と異なり、彼はもうサラリーマンだった。「このあたり、ずいぶんお洒落になっただろう」友人は言った。高校時代はいつもバカばかり言う男だったが、久々に会うと見違えるほど落ち着いた大人になっていた。「結婚して子供が出来たんだ」と彼は言った。それから彼は仕事の話と結婚の話をして、最後にこれからの人生をどう考えているかを語った。九時になると彼は話をやめ「子供が待ってるから、そろそろ帰るわ」と言った。え、もう、と僕は思わず口に出した。高校時代は十一時になってファーストフード店に閉店の音楽が流れても、話し込んだものだった。しかし友人は聞こえないふりをして、二人分の会計をさっと済ませた。

 

 友人と別れると、雨が降り始めた。僕は駅前に戻り、バス停に向かった。しかし運行は八時で終わっていた。そういえば、このあたりは終バスが早すぎると、バス通学の友人たちはいつも愚痴をこぼしていた。なるほど、こういうことだったのか。僕は昔のヒット曲を鼻歌で奏でながらホテルまで雨の中を歩いた。

 

2008/08/25 - 2008/08/31

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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