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タワー

 154、153、152、エレベータが降りていく。本日の天気は晴。空は明るい。降水確率0%。眼下のビル街が朝日で輝く。136、135、134。行きつけのカフェは132階。通りすぎた。130、129、128。こんなに下るのは久々だ。高校の修学旅行で水族館へ行ったっけ。あれはたしか85階か、84階。物心ついてから一番下にいた記憶。

 

「ここにいる魚たちの大半は、ここで生まれたものなんです」

 

 一方、僕は地上で生まれた。それでも気付いたころにはここにいたし、それからここを離れることもなかった。離れる気もなかったし、離れなきゃいけない理由もなかった。

 

 父は、地上で生まれ、地上で暮らすのが自然なことだと言っていた。母は、もう元の生活には戻れないと言う。二人の意見は正反対だったが、我が家ではいつも母の言うことが尊重された。父だって、地上で暮らせるとは本気では思っていなかっただろう。だって、地上にはなにもない。

 

 いつか地上に帰ろう、そう哀愁たっぷりに歌ったポップソングがヒットした。僕が生まれる前の話だ。帰った人もいる。その人達がどこへ行ったのかは分からない。

 

 100階はゲートウェイ。地上行きの改札はがらんとしている。退屈そうなエレベーターガールに1Dayパスを見せて、直通エレベータへ乗り換えた。そして急降下。97、92、84。「健康状態に不安を感じましたら、すぐに119アプリを起動してください」エレベータがアドバイスを告げる。僕はデバイスを確認した。100%圏内だ。今はまだ。

 

 1階。明るい無人のロビーを歩く。お気をつけて、と立看板に書いてある。いつの間にか、デバイスはすでに圏外。まあ、気にすることではない。いざという時は衛星通信がある。

 

 地上へのドアは、そのほか無数のドアとなにも変わらない。素気なくて、拍子抜けだ。手をかざすとすっと開く。そこからは外の世界である。新しい世界。だからといって、そこには驚きを感じるようなものも、哀愁を誘うようなものもない。

 

 地上の歴史は嫌というほど学んできた。帰宅を夢見る教師も少なくなかった。でも僕たちには、そもそも地上に思い入れなどなかった。動物、鳥、昆虫、地上からは消え、タワーには残った。

 

 実際、外になにがあると言うのだろう。道路が思い思いに広がっているだけ。僕はデバイスに目的地を告げ、その道のひとつ、国道2号を指示どおりに歩く。半時間、3200歩の距離だ。一度二度、交差点を曲がる。もちろん、人影はない。実際のところ、僕は人影を探していた。生きている地上の人達がいたら、僕はすこし地上を好きになるかもしれない。それにクリニックの先生たちは大喜びで捕獲して診察漬けにするだろう。

 

 目的地はただの草地だ。誰か先人が、道端にシャベルを捨て置いている。僕は小さな穴を掘って、そこに骨を埋める。そして僕は来た道を早足で戻る。これまでに見たことのない、極彩色の蝶が舞っている。でも僕はグローブを脱いで手を伸ばそうとは思わない。父は帰宅した。僕はあと、158階に戻るだけ。

 

2012/05/30 - 2012/07/15

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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