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父の仕事:仮面を着る

 何年前かな。街を歩いていたら、モデルにならないかって、女性のスカウトに声をかけられたんだ。二十歳を過ぎたころくらいだったと思う。スカウトも同じ年くらいで、おまけに原田知世似の美人だった。とりあえず話は聞くことにしたよ。いわく、彼女の父親はブティックを経営しているのだが、なかなか繁盛しない。品物は良いはずなので、とにかく注目を集めたい。そこで売り物を日常的に身に付け、街を歩くことで宣伝をして欲しい、ということ。給料が売上次第の歩合制というのは気に食わなかったけれど、なにしろ当時はひどい金欠だったし、仕事といっても歩くだけだったし、原田知世は昔から好きだったから、やると答えた。そうして、その足で連れて行かれたのが目黒の仮面屋だったんだ。

 

 仮面なら仮面と先に言って欲しかったな、とは思った。大人向けのスーツでも若者向けのカジュアルでも何だって着込なすつもりだったから、ちょっと騙された気がしたよ。まあ考えてみれば、私が普通のスーツを着て街を歩くだけで宣伝になるはずもないのだけど。彼女はちゃんと謝ってくれた。店主の宮下さんも、こんな仕事に付き合ってくれて本当に有難い、と言ってくれた。いかにも職人という、真摯な人だったよ。私はさっそく、その日から働き始めた。

 

 酒屋にいろいろな酒があるように、仮面屋にはいろいろな仮面があった。卵型の輪郭に細長い目と細長い口という基本は同じ。ただ、そこに宮下さんが一つ一つ異なる柄を描くんだ。動物みたいな柄もあったし、幾何学模様もあったし、風景が描かれていることもあった。私は毎朝、仮面屋に寄って、好きな仮面を一つ選んで、夕方まで適当に東京中を歩いた。そして翌朝、仮面を店に返し、また別の仮面を選んで街に出る。その繰り返し。

 

 まあ、街に馴染むような仮面じゃなかったな。仮面のせいで周囲はよく見えなかったけど、ほぼ常に指を差されていたと思うし、笑われたり怒鳴られたりもしょっちゅう経験したよ。それでも、宮下さんのリクエストで口は一切聞かず、ただ宛もなく歩いた。警察の職務質問にもあったな。事情は理解してくれたし、そのうち親しくなって「お仕事ご苦労さん」と言われるほどになったけど。

 

 反響も多かった。雑誌や新聞にはすぐ取り上げられたし、テレビの取材もあった。私は黙っていただけで、インタビューは宮下さんがぜんぶ応えた。どこかに当時のビデオがあると思う。そしてなんと、一週間と経たないうちには、仮面を買おうという人達も出て来たんだ。嬉しかったね。何しろ歩合制だから。スカウトをしてくれた女の子も嬉しそうに誉めてくれた。いい笑顔の子だったよ。

 

 店にはこういうキャッチコピーが掲げてあった。「都会で生きるには仮面が必要だ」。当初はあれだけ異質に見られていた仮面が、次第次第に世の中に馴染んでいく様子は面白かったね。私の他にも着て歩く人達が現れて、仮面同士ですれ違った時は会釈をしたものだったよ。いつの間にか私を指差したり、笑ったりするような人はいなくなった。仮面が日常の自然な一コマになったんだ。東京の懐の深さを感じたね。本当に流行ったんだよ。今思えば嘘みたいだけれど

 

 もっとも、全ては一箇月ほどの話だった。ある朝、いつものように仮面屋に行ったら、店が空っぽになっていた。仮面屋の夫婦が脱税容疑で逮捕、というニュースをテレビで観たのは翌日のこと。親子と言っていたあの二人、実は夫婦だったんだ。夜逃げを試みたのだけど、仙台で逮捕された。二人が下を向いて顔を隠しながらパトカーに押し込められる様子を観ていて、今こそ仮面が必要なのにと思ったな。

 

 そういうわけで結局、給料は一度も貰えなかった。印象が悪くなったせいで、仮面を着て歩く人も全く見かけなくなった。それでも、まだ多くの人が今も家のどこかに仮面を片付けてあると思うんだ。あれは捨てられないものだよ。もちろん私も最後に着ていた一つを持っているよ。いつか返してあげられるといいのだけど。

 

2008/12/28 - 2009/01/10

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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