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父の仕事:人を数える

 お金がなくて実家にいた時はだいたい仕事もせず毎日ぼんやりしていた。衣食住が完璧に保証されていると働こうという意思がなくなってしまうんだな。レイストームってゲームをよくやったよ。実家にはセガ・サターンがあったんだ。もちろん私が実家に置いていったんだけれど。

 

 一月くらいは遊んでいたかな。ある日、リビングテーブルにアルバイト情報誌が置いてあることに気付いたんだ。証拠はなかったけれど間違いなく母の仕業だった。父と相談してやったんだ。両親はいつもそうなんだよ。二人で協議してやるんだ。そして子供は逆らえないようにする。もちろんいい両親だよ。ただ、やり方がちょっとね。妹なんて、ある日高校から帰って来たら難関国立大学の願書が置いてあったんだから。頑張ってここを受けなさい、という無言のメッセージさ。脅迫状みたいなもんだよ。まあそのおかげで妹は立派な社会人になったわけだけれど。

 

 仕方なくアルバイト情報誌を読んだよ。当時は不況だったから、いいアルバイトはほとんどなかった。働けるだけで有難いとおもえ、という態度の求人ばかりだったな。私はなるべく簡単で面白そうなものを探した。別に欲しいものがあるわけじゃなかったから時給はどうでも良かった。衣食住が保証されると人間はそうなるんだ。ともあれ、そうやって見つけたのが人を数える仕事だったんだよ。見たことがあるだろう。駅やビルの入口で、計測器を片手に出入りする人を数える仕事。

 

 私が契約したのは駅やビルじゃなくて、人を数える人を集めた小さな会社だった。その会社は人を数えてもらいたい会社から仕事を請け負い、私たちアルバイトをそこに送り込むという流れ。同じ仕事内容で駅やビルと直接契約する場合もあるけれど、その場合ごく短期間の調査が終わると仕事も終わってしまう。でも会社と契約した場合はあちこちで人を数えて仕事を長く続けられる。そう思ったんだ。とにかく仕事をしているという体裁が必要だったことを考えると、悪くない選択だった。

 

 契約の三日後、最初に会社から割り当てられた勤務地は実家の最寄り駅だった。これには驚いたね。もっと知らないところへ行くのだと思っていた。最寄りは普通しか止まらない小さな駅だし、人を数えたりしている様子なんて見たこともない。そんなところで私が一つだけある改札の横に一人座って行き交う人を数えるんだ。実際には同じような歳のアルバイトがもう一人いて二交替だったけれど、とにかく入れ違いになるだけだから顔も名前も覚えていない。朝六時から夜の十二時まで、二人で三時間ごとに交替して数えるんだ。私は後番だったから朝九時から十二時まで、昼三時から六時まで、夜九時から十二時まで。一日だけだったのが救いだよ。

 

 もし人を数える仕事をやらなきゃいけなくなったなら、見知らぬ土地でやれとアドバイスしておくよ。私は朝、昔の同級生たちが仕事へ向かう様子を見た。みんなスーツ姿でこちらには目を向けもしなかった。そこに知り合いがいるなんて思いもよらなかったんじゃないかな。そのかわり昼には友人のお母さんたちに声をかけられた。友人のお母さんってどうやっていつまでも子供の友人のことを覚えていられるんだろう。「最近どうしてるの」と言われたから「元気ですよ」と答えたよ。行き交う人達を数えながら。

 

 そういった邪魔を除けば仕事は簡単だった。目の前を右から左に人が歩いていったら左手のカウンタを回す。左から右に歩いていったら右手のカウンタを回す。それだけ。簡単すぎて難しかった。眠くなるんだ。合間の休憩は三時間もあるのに控え室にはなにもなくて、ご飯を食べる以外にはすることもなかった。控え室は駅員の仮眠所だった。本当にベッド以外なにもない部屋なんだ。自然、寝てしまうだろう。目覚ましがあったのでなんとか起きることはできたけれど、頭は眠ったままだった。そんな状態でまた仕事に向かわなければいけない。おまけに座りっぱなしで、夜にはさすがに疲れていた。ときどき意識を失ったな。慌てて起きては、寝てる間に行き交った人の数を想像してカチャカチャとカウンタを回した。それでも意識を失う回数は徐々に増えて、最後は駅員さんに起こしてもらわなければいけなかった。「もう終電が出ましたよ」って。私のこと、なんの人だと思ってたんだろう。

 

 そそくさと控え室に退散する途中で手元のカウンタを見ると、乗った人も降りた人も八千人くらいだった。よく数えたものだよ。控え室に戻るともう一人のアルバイトのカウンタが置いてあった。後番の私が合計を書いて会社に提出しなければいけない。見ると、そちらのカウンタは載った人も降りた人も一万五千人ほどだった。鳥肌が立ったね。どうしてこんなに数が違うんだろう。もちろん、寝てしまったせいだ。余分にカウンタを回したけれど、それでも数千人を見落としたんだ。私は慌てて自分のカウンタを回し始めた。一万三千くらいまで回し続けた。いま思えば、もう一人のアルバイトは朝と夜のラッシュを担当し、私は比較的ひまな時間ばかりを担当していたわけで、それくらいの差はあっても当然なのかもしれない。いま思えばだけれど。あるいは、もう一人のアルバイトも睡魔に負けて、私が少なく見積ったように彼は多く見積ったのかもしれない。正確なことは分からない。

 

 とにかく、カウンタの合計は二万八千になった。乗った人も、降りた人も。私は紙にそう書いてカウンタと共に会社へ提出した。仕事はその日限りでやめた。向いてなかったんだ。

 

 それからどうなったかというと、まず駅に快速電車が止まるようになった。合わせて駅ビルが改築され大きなショッピングセンターになった。郊外の小さな住宅地だったのに、あっという間にちょっとした街になったんだ。地価が上がり、再開発が進んで、大型マンションが幾つも駅前に出来た。そうやって私は故郷の発展に貢献したんだよ、たぶん。

 

2009/01/18 - 2009/01/20

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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