youkoseki.com

父の仕事:占いを選ぶ

 サラリーマン時代はあまりに安月給だったので、職場に隠れて色々なアルバイトをやっていたよ。知り合いに誘われたものもあったけれど、何しろ内緒の仕事だから、こっそりとアルバイト情報誌で見つけてきたものも多かった。

 

 アルバイト情報誌は面白いよ。仕事を探しているわけでもないのに、暇潰しにコンビニで立ち読みをすることもあるくらい。いつも、思いもよらないような色々な仕事を見つけたな。世の中には色々なものが存在するけれど、アルバイト情報誌を読むと、そういった全ては誰かが働いた結果なんだと分かる。社会体験がもっとも気軽にできるメディアなんだよ、アルバイト情報誌は。働けと、家族から渡されるのは勘弁だけれどもね。

 

 占いを選ぶ仕事もアルバイト情報誌で見つけた。占いを選ぶ仕事です、と書いてあったんだ。時給は千円。経験者優遇、在宅勤務と詳細欄に掲載されている。電話番号が一番下にあって、それで情報は全てだった。わけが分からない。占いを選ぶ、ってなんだ? 自宅でなにをすればいい? 経験者ってなんの? 分からない。だから、知りたくなった。それで電話をかけることにしたんだ。

 

 電話に出たのは男性だった。繋がると、はい? とだけ低い声で言ってきたんだ。番号を間違えたかと思ったよ。アルバイト情報誌を見たんです、占いを選ぶ仕事の、と私は言った。ああ、と男は言った。じゃあ、今週から働ける? と男。はい、と私。じゃあ、住所教えてくれるかな、と男は言った。なんだか気味が悪かったけど、教える以外に選択肢はなかった。住所を言い終わると、それじゃあ連絡するから、と男は言って、それで電話はおしまいだった。本当にそれだけだったんだ。

 

 ぶ厚い茶封筒が送られてきたのは二日後のこと。中にはA4用紙がたっぷり詰まっていた。今だったら電子メールで送るんだろう。用紙の一番上は仕事の説明書きだった。「日本語としておかしいものには、赤ペンで×をつけること」それだけ。送られてきたのと同じ、折り畳んだ茶封筒も入っていた。宛先は長野の私書箱。返信用なのだろう。そして残りの二百枚くらいの紙が、すべて占いだった。

 

 一枚に紙には五十くらいの占いが書いてあった。横書きで、一つの占いが一行。大半は意味の通じないものだった。「青い靴をめくると吉」とか「昼下りのバーで三輪車に乗ると金運ダウン」とか「彼をマフラーすると二年ラッキー」とか。指示の通り、一つづつ×をつけていったよ。×ばっかりだった。ぜんぶ×なんじゃないかと思ったよ。なんとか意味の通じるもの、例えば「ラッキーアイテムはもぎたてのリンゴ」みたいなものを見つけた時は、とても嬉しくなった。「ラッキースポットは朝のジャズバー」なんてのもあったな。どうすれば良かったんだ。ひどいものだった。

 

 私の選別した占いがどこで使われたのかは分からない。×ばかりの占いを送り返すと、すぐに新しいのが届いた。前と同じような、わけの分からない占いばかりだった。はじめはこんな占いを誰が書いているのか分からなかった。だけれども、ある時ふと、これはコンピュータが作っているんだなと気付いた。コンピュータがランダムに言葉を選んで、ランダムに組み合わせて、占いのように見せかけているんだ。それをただ印刷して、私や、他の誰かに選別させているんだ。人間がこれだけ不条理な文章ばかり書けるはずがなかった。その推測は、しばらくして確信に変わった。占いの一つが「金曜日は星型のものを持ってException in thread "fortune" java.lang.OutOfMemoryError: Java heap space」となっていたんだ。

 

 コンピュータの奴隷として働き続けるのも悪くはなかった。毎月の最後に占いと一緒に勤務表が送られてきて、そこに書いた時間分だけ給料が届いた。ノルマもなにもなかった。ちょっと暇なとき、音楽を聴きながらでもテレビを見ながらでも、作業はできた。ほとんど×なのだから簡単だった。勢いで正しい文にまで×をつけても苦情が届くようなことはなかった。間違った文に×をつけ忘れたこともあったんじゃないかと思う。ただ、とにかく何も言われなかった。淡々と仕事を続けるだけだった。毎月、五万円くらい稼いだ。実際は毎月三十時間くらいしか仕事をしていなかったけど、五十時間くらい申告したんだ。

 

 三ヶ月くらい続けたと思う。ある日、なぜか私は自分で文章を書いてみようと思った。そんなことを考えたのは、その時が初めてだった。そして思いついた時には、もう自分のコンピュータに向かっていた。意味の通らない文をたくさん書いた。「アイドルと選挙演説はゴージャス」とか。そして一つだけ、まともな占いを紛れ込ませた。「ただ息をするだけで幸せがあなたを包む」と。送られてきた紙と見分けがつかないような体裁で印刷し、意味の通らない文に×をつけた。「ただ息をするだけで幸せがあなたを包む」だけを残して。そして占いの紙束から一枚を抜いて、かわりに差し込んだ。それぞれの紙に番号などはなかったから、絶対にバレないはずだった。私は完成した紙束を送った。新しい分が届いた。予想通り、なんの変化もなかったのだ。

 

 新しい紙束に書かれた占いはちゃんと選別し、手を加えはしなかった。ただ、それを送っても、新しい分は届かなかった。しばらく待ったが、まったく音沙汰なし。私は電話をかけた。呼び出し音は流れたが、男は出なかった。私はクビになったのだろうか。それとも仕事そのものがなくなったのだろうか。もしかすると、私の書いた占いが出回って、大きな騒ぎになったのかもしれない。男はその責任をとらされたのかもしれない。そうだとしたら、万が一そんなことが起きていたとしたら、ぜひ自分の占いを読んだ人に会って見たかった。

 

2009/01/06 - 2009/01/26

ツイート このエントリーをはてなブックマークに追加

この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

星新一賞入選のロボット子育て小話「キッドイズトイ」はAmazon Kindleにて100円で販売中。

その他のテキスト

四百字刑事と背理法
犯行現場は古い元刑務所。改装され、今はホテルだ。独房が個室、重い鉄格子もそのままだ。こういう趣向が好きな人がいるんです、と第一発見者でオーナーの田上は他人事のように言う。被害者は三十代の男。格子の向こうで背中を刺されて死んでいる。私は四百字刑事。役場で斡旋された宿に泊まったら、突然起こされて今。密室なんです、と田上は言う。窓はありませんし、天井や壁や床や鉄格子は壊せません。マスターキーはなくしてしまいました。他に客は、と私。いません、閑散期なので他にスタッフもいませんし、冬は宿泊客以外、あたりに住民も旅行者もいないでしょう。私は頭をかいて、じゃあ君が犯人じゃないか、密室殺人の目撃者として泊まるよう役場に頼んだんだろう、と言う。すると田上は顔を真っ赤にして、まだ血のついたナイフで襲いかかってきた。柄にはロープを結びつけたままだ。私はひらりと避け、拳銃で撃ち殺す。片付けはジョバンニに任せよう。……

四百字刑事と条件付確率
ミステリ研究会の合宿で女が死んだ。餃子に毒が入っていたのだ。餃子は研究会のメンバー、四人全員で作った。メンバーは誰もが毒を入れられる状況で、他の人間は料理に参加していない。そして最初に餃子を食べた女が死んだ。部下のジョバンニが調べたが、他の餃子に毒や目印はなし。いったい誰が犯人なんだ、と研究会の代表、私たちがやるはずがない、彼女ではなく私が死ぬ可能性もあったんだ。最後に食べれば不注意な奴が死ぬだけさ、と派手目の男が言う。毒入りが残るかもしれないじゃないか、と小太りの男。そんな調子で残った三人の学生が喧喧諤諤の議論を続ける。やがて答えの出ないまま静かになり、ようやく私は口を開いた。これは自殺さ。自分で目印をつけて食べたんだ。私は四百字刑事。ここで事件があると電話があったので来た。ただ、なぜこんな真似をしたのかだけが分からなかったけれど、いまになって分かったよ。君達に推理で勝ちたかったんだね。……

父の仕事:人を数える
お金がなくて実家にいた時はだいたい仕事もせず毎日ぼんやりしていた。衣食住が完璧に保証されていると働こうという意思がなくなってしまうんだな。レイストームってゲームをよくやったよ。実家にはセガ・サターンがあったんだ。もちろん私が実家に置いていったんだけれど。……

父の仕事:仮面を着る
何年前かな。街を歩いていたら、モデルにならないかって、女性のスカウトに声をかけられたんだ。二十歳を過ぎたころくらいだったと思う。スカウトも同じ年くらいで、おまけに原田知世似の美人だった。とりあえず話は聞くことにしたよ。いわく、彼女の父親はブティックを経営しているのだが、なかなか繁盛しない。品物は良いはずなので、とにかく注目を集めたい。そこで売り物を日常的に身に付け、街を歩くことで宣伝をして欲しい、ということ。給料が売上次第の歩合制というのは気に食わなかったけれど、なにしろ当時はひどい金欠だったし、仕事といっても歩くだけだったし、原田知世は昔から好きだったから、やると答えた。そうして、その足で連れて行かれたのが目黒の仮面屋だったんだ。……