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孤独なコミュニティ

 ルルとスズが友達になった。昨日の休み時間、半時間以上二人だけで話をしていたからだ。

 

 ウェアラブル・ガジェットが中高生の間で爆発的に普及したのはつい去年のこと。しかし今日では、誰と話し、どこへ行き、何を見て、何を食べたか、そうした個人の行動をウェアラブル・ガジェットが全て認識し、記録するのは、ごく当たり前のことになった。記録されたデータは各ウェアラブル・キャリアのグリッドに転送され、様々なルールによって解析される。

 

 データの山から有意な情報が発見されると、キャリアがガジェットへ配信するコミュニティ・ニュースに表示される。タケルとコスモが友達になりました、テニス部の三人が映画に行きました、おめでとうタケルとコスモは恋人に進化しました、ハルオが駅前のカフェ「ボアーズ」をお気に入りにしました、あいにくですがタケルとコスモは破局しました。

 

 私たち中高生にとってガジェットは何よりも大切なものだ。それなのに、ほとんどの大人は未だガジェットで遊ぼうとしない。プライバシーがどうこうと騒いでいる。レストランでは脱げとか、法律で規制しろという人もいる。きっと、彼らの脳味噌には、もう新しいものと付き合うだけの余裕がないんだろう。

 

 高校では、ガジェットをスクール・チャンネルに切り替える。そうすれば学校側も登下校や出席状況を管理できるし、いじめや問題行動の予測もできるというわけ。だからもちろん、いじめはオープン・チャンネルで行われる。学校内でオープン・チャンネルを使うことは校則違反だ。でも正門を通る時と昼休みだけスクール・チャンネルに戻しておけば、先生たちは気付かれない。

 

 ルルとスズは親友になった。私はスズと何時間も話をしているのに、いつまでも友達にならない。これがコミュニティいじめの典型例。彼女が私に対してだけ、友達になるまでのスレッショルドを上げているせいだ。毎年始業式に、先生はクラス全員を友達に設定しなさいと言う。でもそれはスクール・チャンネルの話で、オープン・チャンネルで友達にならなきゃなんの意味もない。重要なのはスレッショルドと、それを満たすエクスペリエンス。スレッショルドは去年の流行語にもなった。「あなたはいつまでもスレッショルド以下」というふうに使う。

 

 オープン・チャンネルのコミュニティ・ネットワークを見るたび、私は憂鬱な気分になる。東京の路線図みたいに複雑なネットワークの中で、私が位置するのは一番の隅っこ。それでも、家庭の事情でガジェットを持っていないレオンや、持っているのに全く無視されてオープン・チャンネルに現れないチュウよりは、ずっとマシかもしれない。私がネットワークに載るのは、ひとえにリンカーであるマルカのおかげ。リンカーは有料で関係を作ってくれる人のこと。私は彼女と友達になるため、毎月二千円払っている。らくらくキャリア決済、支払いは親持ち。品目は「ネットワーク・コンサルタント・フィー」とかなんとか。

 

 マルカのおかげで、今日もオープン・チャンネルのコミュニティ・ニュースを見ることができる。タケルに新しい恋人ホルンができました。ホルンとコスモは冷戦中です。こんな馬鹿馬鹿しい実況中継を止めるため、記録を中止することだってできる。でもそうすると、あいつは自分は公明正大な人間じゃない、というレッテルを貼られる。だから誰もこの実況中継を止められない。ルルとスズは唯一無二の仲間に昇格しました。ずいぶん早いのは、スレッショルドをさらに下げたせいに違いない。チートしてるのかもしれない。私が見ているのを知っているくせに、けまらしい。ハルオが新しいマンガの紹介を始めました。ハルオは新しい映画をお薦めしています。最近、彼はこればかり。きっとキャリアからキックバックがあるのだろう。私たちはもう、誰もお互いを信じていない。

 

 ガジェットと付き合うのは疲れる。嫌ならやめなさい、としたり顔で言う大人もいる。でもそれは私たちにとって、毎日が嫌なら自殺しなさい、というのと同じことだ。ガジェットをやめたら、誰と誰の仲がいいかも、みんなが毎日なにをしているかも、試験がどこから出題されるかも、全く分からなくなる。それは社会的な死。

 

 悪いことばかりじゃない。ガジェットのおかげで、私は孤独じゃないことに気付いた。ワールド・チャンネルには、私のようにリンカー頼りの人達がたくさんいて、毎晩一緒になって学校生活をどう乗り切るか、相談し合っている。そして私たちは孤独なコミュニティを形成しようとしている。

 

 ルルとスズが仲間割れした。その夜、二人からそれぞれ、私へメッセージが届いた。「明日から友達になろうね」という内容。私は敢えてすぐ返事をせず、ベッドに横になった。今日はいい夢が見れそうだった。

 

2008/05/19 - 2008/05/22

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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