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墓の裏の家の話

 これは僕がまだ京都で大学生をしていた時の、ちょっと不思議な話だ。ご存知の通り、京都というのは長い歴史のせいで、そもそも不思議な場所がたくさんある。繁華街にぽつんとある廃屋、急に行き止まりになる路地、雑草で荒れ果てた墓地……。

 

 僕が住んでいた家のすぐ裏にも墓地があった。朝、ベランダを開けると墓が目に飛び込んでくる。そんなロケーション。そんな憂鬱な家を敢えて選んだのは、とにかく家賃が格安だったからだ。木造で、築年不詳で、風呂はなかったけれど、トイレはあったし、大学も近く、そこそこ広かった。墓場から射し込む日当たりも良かった。たくさんの物件を探したけれど、この条件でこの家賃というのは不可解なくらいだった。そういう物件はだいたい過去に誰か自殺したりしてるんだよ、と後になって同級生が教えてくれた。そのアドバイスは住み始める前に教えてもらいたかったところだ。

 

 もっとも、墓地がすぐ裏というのは、慣れればなんでもない。はじめのうちこそオバケが出たらどうしようなんて考えていたけれど、大学生活が忙しくなると、そんなことを考える余裕はなくなった。春が終わるころにはすっかり慣れて、僕にとってはごく当たり前の家、ごく当たり前の風景になっていた。

 

 奇妙なことが起きたのは、ある梅雨の日のこと。長雨のせいで湿度の高い、寝苦しい夜だった。僕は布団に横になったものの、ザアザアという雨音のせいか、なかなか眠れないでいた。しかしクーラーなんてものは当然なかったから、窓を閉めるわけにはいかない。

 

 十二時には横になったはずだが、もう二時くらいになってしまっただろうか。突然、ガラガラガラ、ドタドタドタ、という音が室内に響いた。そして、下腹部にドスンと重いものが落ちてきた。呼吸が一瞬できなくなって、僕は呻いた。なんとか体を起こそうとしたが、金縛りにあったように動かない。僕は落ち着くよう自分に言い聞かせ、なんとか深呼吸をした。呼吸はできるようだが、依然として下腹部が重く、息苦しい。僕は右手の自由が効くことを確かめると、せいいっぱい手を伸ばし、部屋の電気を点けた。我が家の電灯は紐を長くして、寝ていたままで引っぱれるようにしていたのだ。

 

 さて、明かりをつけると疑問は氷解した。僕の布団の下腹部のあたりに、びしょ濡れの、黒い、大きな猫がいたのだ。丸くなって、ボーリングの玉くらいの大きさになっている。依然として布団に横になったままの僕と目が合うと、猫はビニャアアー、と可愛くない声をあげた。一体どこから入って来たのだろうか。ドアの鍵はしっかりかけていたし、残るは窓くらいしかない。僕は寝惚けた頭でそんな事を考えると、彼を両手で持ち上げ、なんとか脇にやり、起き上がって、冷蔵庫にあった牛乳をあげた。彼は礼も言わず、黙々と飲んだ。飲み終えると、黒猫はまた当然のように僕の布団の中央で丸くなった。僕は布団の隅でなんとか寝た。雨は激しいままだったが、幸い、猫は騒いだりしなかった。そして朝起きるた時には姿を消していた。

 

 もっとも、本当に奇妙なことが頻発するようになったのは、それから後のこと。自転車の鍵や、買ったばかりのボールペンといった細々としたものが、部屋から次々と無くなるようになったのだ。付き合っていた恋人からもらった指輪も、どこかに消えてなくなった。おかげで僕は恋人も失なった。さらに学校から家に戻ると、誰もいないのに、家の壁に傷がついていることがあった。しかも傷は日に日に増えて行くのだった。おまけに朝、コップに入れておいた牛乳が、夜にはすっかり空になっていた。夜中の金縛りも、雨の日を中心に断続的に続いた。そうした一連の不思議な出来事は、僕が大学を卒業するまで止まらなかった。

 

 今、僕は東京でサラリーマンをしている。こうして振り返ってみても、やはり京都は不思議なところだった。特に、あの家賃。あんな値段で家が借りられるなら、どの家にも幽霊がいてもらいたいほど。それに比べて、まったく東京の家賃はどうなっているのか。目が回るほどだ。特にペットありだと伝えるとどこも敷金が倍になるので、僕は天文学的数字を支払う羽目になり……。

 

2008/07/08 - 2008/07/16

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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