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ロボット上司問題

 上司がロボットになって三ヶ月が経ったが、これまでのところこの試みは大成功だったと言わざるをえない。もちろん、上司がロボットになったというのは、人間がロボットに変身したわけではない。人間の上司、この会社に転職してきたぼくの面倒を三年にわたって見てくれたアウレーリオという陽気なイタリア人は、ある日、朝一番にとつぜんリストラを言い渡されて会社を去った。

 

 その日、朝からアウレーリオは机の上の荷物を整理しながら、それでも軽口を言う姿勢を崩さずに「ロボットが南イタリアのやつらより働けばいいんだがな」とぼくに囁いた。アウレーリオはトリノの出身で、彼は自分の後任が最新型のロボットであることを知っていた。彼をクビにしたのもロボットだった。マネジメント層はどんどんロボットになっている。認めざるをえない。それは成功しているのだ。

 

 ロボット上司はまだマイナーな存在だ。ロボットが上司になったというと、社外の知人はみんな苦笑して、たいへんでしょうとか、付き合いづらいでしょうとか、冗談も分からない相手でしょう、などと言う。でも違うのだ。実際のところ、ロボット上司との付き合いは快適そのものなのだから。

 

 まず、ロボットはこちらの話をちゃんと覚えている。忘れないし、とぼけた真似もしない。サポートを頼むと、ちゃんと実行してくれる。マーケ部と来期の販促のすりあわせをしておいて下さいねと言ったときは、こちらが話を終えるまえにすでにマーケ部と話をつけてしまった。マーケ部の部長もロボットだから、無線通信でリアルタイムに話を進めてしまうのだ。対照的にアウレーリオはマーケ部と犬猿の仲で、部長がロボットになる前も後も、直接話をしようとしなかった。

 

(ちなみにぼくの会社は外資系の中小半導体メーカーで、ぼくは機械・工場向け営業チームのリーダーをしている。上司のロボットは営業部長だ)

 

 それにロボットは、なんというか、馬鹿みたいな話だけど、すごく論理的だ。声の大きい人や、根回しだけ上手い人の意見に左右されない。メールをスキャンしたり、営業ルートをトラッキングしたりして、ぼくたちの誰がコツコツと仕事をしているか、ちゃんと把握している。そして「今週はよく頑張ってるな」と褒めてくれる。

 

 薄気味悪く聞こえるのは分かってる。ロボットに褒められるなんて。しかも、一日中、行動を監視されている状態で。でも、監視されたところでやましいところはなにもない。営業の帰り道、三十分ほどスタバで休憩しても上司はガミガミ言ったりしない。一方で、サボっていた同僚たちは順当にクビになっている。手を動かさないくせに、調子を合わせることだけは上手かった……そう、アウレーリオとか。

 

 ロボットはぼくの体調も分かっている。微熱があるときは、ぼくより早く気付いて病欠の申請をしてくれる。先月、ぼくの結婚記念日には、花を用意してくれていた。立派なやつで、あまりに立派だったので、ぼくは「上司が用意してくれたんだ」と妻に告白するはめになった。妻は「最高の上司ね」と本当に喜んでいた。

 

 ロボットは飲み会もやらない。ぼくのチームのメンバーは、会社の飲み会なんてうんざりと言うような若手ばかりだから、みんな喜んでまっすぐ家に帰っている。あわれなアウレーリオ。チームの士気が落ちるといつもピザ屋で飲み会を企画していたけど、その飲み会が若手のモチベーションを下げていることに最後まで気付かなかった。

 

 そうそう、ロボットは冗談が分かる。先週、ぼくが二枚の発注書を取り違えて、あやうく会社に大損害を与えそうになった。ロボットはぼくを個室に呼ぶと、咳払いをして、こう言った。「俺も若いころはよく失敗したよ。2000年ごろとか」念のため付け加えると、ロボットは今年の最新モデルだ。少なくとも、ぼくが知っているイタリア人よりは冗談がうまい。

 

 ロボットは陰口を言わないし、なにか言うべきことがあるときはちゃんと時間をとって、面と向かって言う。先週、ぼくが失敗したときもそう。ロボットから学ぶべきことは多いのだ。

 

 また明日の朝一番にロボットとミーティングだけれど、すべてのミーティングにちゃんと意味があると分かっていると、こちらも前向きになれる。いま思えばあのイタリア人は、本当に意味のないミーティングばかりやっていたのだ。

 

2015/08/03 - 2015/08/04

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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