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dionysos vol.10収録

 七十七の修行を終えて島から戻ってきたとき、街には雪が降っていた。冬なのだ、と僕は今更ながらに思った。夕闇に照らされて街は飾られ、金曜日なのだろうか、大勢の人が着飾って歩いている。海岸通りのアーケードを歩きながら、もっと人通りの少ないところを選べば良かったと後悔したが、もう遅い。だいたい、他の通りなんて知らない。行きに来た道を、こうやって辛うじて思い出して辿っているだけの話だ。

 自動販売機にもたれかかった革コートの男が、僕を不思議そうに見ていた。なるほど、確かに僕は半袖のTシャツにジーンズ。もちろんとても寒くて、震えが止まらない。男は変わらず、僕を見ている。僕はにっこりと笑いかけた。すると男は僕の方にゆっくりと近寄って、声をかけてきた。

「寒そうだな。」男は四十過ぎ。きっちりとスーツを着ている。

「喧嘩でもあったか。」

 さて、この男は何を言いたいのだろう。よく分からない。格好のことだろうか。それとも、この右腕の大きな痣のことだろうか。分からなかったので、僕は別のことを言った。

「クリスマスですか、今日は。」

途端、男は露骨に嫌そうな顔をした。僕のことをきっちり何かと捉え、確信したようだ。何かは分からなかったが。男はそのまま、冷たい表情で僕を見、言葉を吐いた。

「もう三月だよ。今年は、春が遅い。」

 そうして、男はまた自動販売機の方へと戻っていった。

 

 途中二度迷ったせいで、マンションに着いたのは九時過ぎだった。昼から何も食べていなかったので、お腹がぐるぐると鳴っていた。素直に交番で道を聞けば良かった。えぇ、ちょっと健康の為に半袖シャツですけど、なんて言えば日本の警官は馬鹿だから何も怪しまないだろう。

 どこで道を間違ったか。大学に入った時は警官になるつもりだった。駆け出しの刑事に憧れている訳ではもちろんなく、いわゆるキャリア。そのために浪人までして、いい大学と皆が呼ぶところに入ったはずだった。だが、熱意は続かなかった。夏休みには、学校に全く行かなくなっていた。いつかはまた通い始めるつもりだったが、いつになるかはもちろん分かっていなかった。そしてその年度の終わり、大学から一枚の手紙が届いた。留年の通知だった。わざわざこんなものが送られてくるんだなと僕は思ったが、それ以上の感慨は無かった。

 警官になろうと思ったのは幼稚園のころ、テレビで何気なくやっていた、警官が色々な雑用を片づけていく報道番組を見たときからだ。警官が刑事に、刑事がキャリアに上方修正されたのは、それぞれ小学生のころに毎週観ていた民放のドラマと、中学のころに見たNHKの特集番組のせいだ。つまり僕は、テレビによって十数年かけてゆっくりと育てられたキャリアへの夢を、大学生活の半年間で失ったことになる。何と言うべきか、現実とテレビは違う、とでも言っておこうか。

 九階建てのマンションの402号室。そこが、師匠の家だった。僕はチャイムを鳴らしたが、返事はなかった。もう一度鳴らしてみたが、やはり同じ。僕は少しだけ躊躇して、それからおもむろにノブを回した。鍵はかかっていなかった。そして、部屋は真っ暗だった。よくよく考えてみれば、この家に入るのは二度目だった。

 形だけ二年生になった僕は、そこから発憤して大学に通い詰めるわけでもなく、のんびりと毎日を浪費していた。緑の日のころには、浪費さえも飽きて、何もせずに毎日を送っていた。

 大学をやめよう、と僕は思った。今から順調にキャリアへの階段をまた登り始めたとしても、しっかり四年かかる。まだ実家に留年したことを伝えていなかったので、今は忙しくて電話する暇もないと言うだけで納得している両親も、三年後には気付くことになる。そうなったときのことを考えると、何ともめげる。だったらむしろ、大学をやめてしまって、人前から、とりあえずは両親の前から消えてしまい、別の道を模索した方がいいのではないか、と僕は考えていた。そして、実際にそうした。

 きっかけは、地方紙の記事だった。あまりに家にいるので、僕はついに新聞の勧誘を断りきれず、そうやって手に入れた新聞を隅から隅まで読むというのが、末期の僕のライフスタイルだった。

 記事は伝統の廃れについて書いたものだった。いわく、今日本に残っている数々の素晴らしい伝統だが、どこも例外なく跡継ぎ不足に困っている。地方に残る伝統は、若者たちの都市流出志向によって行き場を無くし、都会の伝統はそこにあると知られることさえなく、次々と姿を消しつつある。

 ここで何とかという編み物の伝統芸を今に残す山本さん(72)の例。彼は孫の助言で、インターネットに自分のサイトを作り、そこで跡継ぎを募集した。半年間は一通のメイルも来なかったが、その後徐々に「興味がある」「話を聞いてみたい」というメイルが届くようになり、先月には全国から二十三名の若い男女を集め、講習会を開いた。

「若者達にはね、若者達のやり方があるってことです。伝統もね、伝統のやり方を残しつつね、若者達のやり方で残していければね、私はいいと思ってますよ。」

というコメントで、その記事は締められていた。

 僕はすぐインターネットで日本の伝統に関するサイトを探してみた。そして、その数に僕は驚いた。これはつまり、伝統がインフレしているという事実そのものだった。今の状況というのはつまり淘汰なのだ、と僕は思った。思ったが、だからどうという訳でもなかった。僕の目的はただ、この中から自分に合った、かつ収入に困らない程度の伝統を探し、その跡継ぎに名乗りでるということだけだったのだから。

 

 そうやって僕が選んだのが、虹屋という伝統職だった。

 虹というのは、あの空に浮かぶ七色の虹のことだ。そして虹屋というのは、うまい虹を作って見せる仕事のことだ。

 そのサイトを見るまで知らなかったが、虹を作る能力というのは古来から人間だけに備わっているもので、虹が発生するときには、必ず虹を作る能力に長けた人間がその場にいるのだそうだ。そして、昔は祭の度などに優れた虹屋が赴き、その才能を披露する機会が日本にはあったそうだ。

 だが、この虹を作る能力というのは、だいたいが天賦のもので、更に血筋には残らない。だから優れた虹屋は自分の能力を磨きつつ、自分の跡継ぎを捜さなければならない。とはいえ、虹作りの才能を持った人間なんてどこにいるか分からないから、虹屋は全国を転々とまわりつつ、大きな虹を見つけてはその辺りにいる人間達を片っ端から確かめる、といういかにも古い日本的な地道な作業を繰り返していたそうだ。

 そして、今では虹屋のことを知っている人間はほとんどいない。恥ずかしながら、僕も全く知らなかった。戦争で多くの優れた虹屋が死んだこともあるそうだが、科学の発達で虹の仕組みなどが明らかになり、かつ虹に対して現代人が特に何も感慨を抱かなくなったことが、大きな要因だと、そのサイトには書かれていた。

 そのサイトを運営しているのが中本亮平という男で、即ち後の僕の師匠だった。ハンドルネームはrainbow。何のひねりもないが、実際に会ってみると五十過ぎのどこにでもいるような小男で、スペリングを間違わなかっただけ立派だといえる。

「日本最後の虹屋だよ、私は。」

 中本はことあるごとにそういった。実際、サイトには「日本最後の虹屋rainbowのホームページ」と書いている。

 虹は、とはいえ戦前からの愛好家も多く、企業の宣伝から富豪の趣味まで、その需要は未だ十分にある。ゆえに収入も安定し、中本も年に一千万程度は稼いでいるそうだった。だがご多分にもれず、彼にも跡継ぎがいない。収入目当てに応募に来る人間は老若男女問わず絶えないが、どれも肝心の才能に欠けた者ばかりだと中本は嘆いていた。

 

 もうすぐ夏休みという七月の半ば、僕は中本に会った。雨の日だった。二度ばかりメイルのやりとりをして、彼が会いたいと言ってきたのだ。中本が住むのは大学から電車で三十分ほど走った海沿いの都市で、それも僕が虹屋を選んだ要因の一つだった。駄目そうならすぐ帰ってこればいい、と。実際、同級生達が週末の度に買い物に出るような所で、僕はそんな気力もなく家から出ない毎日だったので詳しく歩いたことなど無かったが、中本も故郷から跡継ぎ探しの末にこの都会へ流れ着いたのだった。

「三十四人に会ったよ。」

 会うなり、中本はそう言った。

「だが、才能のない人間ばかりだった。」

 そうして、彼は両手を僕の方に見せた。

「見てろよ。」

 彼はそれから目を閉じて、黙り込んだ。ここは駅構内。彼と出会ってから、まだ五分と経っていない。唐突なのだ、やり方が。大きな駅の片隅で頭も随分と薄くなかった小男が僕に向き合い、手を一杯に広げて僕に見せている。その様子の奇妙さに気付いたか、何人かの人間が歩きながら、あるいは立ち止まったまま、こちらを見ている。

 僕は何か、中本に声をかけようとした。ここじゃなんですから、どこかにでも。そう思って、だが、声は実際に喉から出てこなかった。

 中本の手の上に、虹があった。半径五センチほどの、小さく丸い虹だった。

 後で知ったことだが、丸い虹を作るのはとても難しい。一番簡単なのは半円だ。そこから角度を広げるのも、狭めるのも、どちらもなかなか出来ない。

 また、小さい虹を作るのも同様に難しい。虹屋が意図して作ろうとすると、色のバランスが崩れることがある。バランスを保ったまま小さくするのは、かなりの技術を必要とする。

「凄い。」僕はただ、そうとだけ言った。そうとしか言えなかった。何より、その虹は美しかった。

 それを聞いて、中本を目を開いた。虹は消えた。そして彼はにやりと笑って言った。

「もちろんだとも。」

 

 それから、駅の喫茶店で中本は僕に話した。虹屋の歴史、心得、鍛錬の必要性について。

「今でも毎日、七時間は修行をしている。」と中本は言った。

 言われてみれば、彼は一見冴えない小男だったが、体つきはなかなかしっかりとして、この年頃にありがちな、肉のよれたところがあまり見当たらなかった。だが、修行というのがつまり体を鍛えることなのか、彼は鍛錬とか精神、集中などという抽象的な言葉を使うだけで、具体的な意味はまるで分からなかった。例えば、こんな感じだ。

「虹を作るというのは、自分を信じるということだ。能力があって、技術を得れば、少しの集中で虹を作ることが出来る。だが、美しい虹はそういう風にしては出来ない。重要なのは精神をより高い意識で集中させるということ、そしてやはり、自分を信じるということだ。」

 中本は、ひとしきり喋った。何かに取り憑かれているかのような喋りっぷりだった。一時間ほど経っただろうか、ようやく彼は落ち着きを取り戻した。跡継ぎの応募がある度に、こんなに喋っているのだろうか。不思議な男だ。

「そして、次は君の番になるのだが。」中本は言った。

「いきなり言われても困るかもしれないが、私だって十の時に、突然学校に現れた男に声をかけれらて作った。十二色まで見える虹で、以来私は家に帰っていない。だから、虹屋になるというのは、つまりこういうことなのだよ。」

 そこで、僕は、集中を始めた。うだうだと喋っても仕方がない。何にせよ、やるか、やらないかなのだと、ある種の諦めを抱いていた。

 だが、中本は言った。

「ここじゃなんだし、私の家に行こうか。」

 僕は肩すかしを食らった気分だった。僕は今まさに彼に両手を差し出して見せようとしたところなのだ。だが、彼がどんな暮らしをしているのか見てみたい気もした。結局、そうしても損はないはずだったので、僕は彼に従った。そして、二人は喫茶店を出た。

 外は、雨が止んでいた。中本は駅を出て、タクシーを拾おうとした。そして、あらぬ方向を見てぎょっとした顔を見せた後、僕を見た。

 僕は彼が見ていた方を見た。虹が出来ていた。空の端には雲の切れ間から、太陽が覗いている。

「君が?」中本は言った。僕は頷いた。

 

 そうして、僕は修行に出ることになった。

 中本の言い回しから、何らかの訓練が必要とされているのだろう、ということは分かっていたが、まさか無人島で一人で修行をさせられる、とは思ってもいなかった。

「先に言うと、誰も来ないだろうからな。」と中本は嬉しそうに言った。

 帰っても良かった。だが、やめた。虹をもし自由に作ることが出来たら、少しいいかもしれない。動機としては、その程度だった。

 結局、中本と初めて会った日の夜、僕は彼の家で一泊し、翌日の朝には舟で無人島に向かっていた。中本は着いてこなかった。修行は一人でするもの、というのが彼の持論らしかった。ただ、一人前の虹屋になる為の修行法を書いた本を渡されただけだった。中本自筆の汚い字で、大学ノートに20ページほど書かれたそれを手に、僕は無人島に向かったのだった。

 今、僕はその修行から帰って中本の家にいる。

 寝ているのかと思ったが、こじんまりとした2LDKのどこにも、彼の姿はない。それどころか、前に来た時は随分と雑然として、好きな所で寝ろという彼の薦めに、だいぶ困った記憶があるのだが、今、ここには以前あったはずのものがほとんど無くなっていた。目に付くものといえば、せいぜい棚とゴミ袋。引越でもしたようだ、と僕は漫然と思った。他には一部の家電。例えば、電話。

 ピロロ、ピロロ、と音がした。その電話からだった。僕はどうすべきか二秒だけ迷って、受話器を取った。

「もしもし。」

「加藤さん?加藤さんよね?」男の声だった。随分と大きな声で、逆に何を言ってるのかよく分からない。

「加藤さん?いるのね?じゃあ今からそっちに行くから、家にいてよね、もう逃げちゃだめだよ、本当に。加藤さん?分かってる?聞いてる?」

 何と答えればいいのだろう?僕はただ、あ、とか、え、とか、続かない単音を発声していた。ようやく声らしき声が出た時、僕は「加藤さんって?」と言っていた。

 だが、電話はずっと前に切れていた。

 僕は、訳も分からず、リビングの隅に捨て置かれたロッキングチェアに座った。何か、温かいものを食べたかった。それから、温かい飲み物。僕は右手の上と左手の上に二つ、小さな虹を作り出した。直径三センチ程の小さな虹で、暇つぶしには丁度いいサイズだ。

 間もなく、家のドアが乱暴に叩かれた。そして、開かれた。鍵を閉めていなかったのだな、と僕は思った。「加藤さん?入るよ?」電話の声だった。

 僕はリビングから廊下の向こう、玄関を見た。男は、革のコートを着ていた。そして、そのまま靴も脱がずに上がり込み、僕の側まで来た。男は、自動販売機にもたれかかっていた男だった。

「加藤は?」男は別れた時と同じ、冷たい声で言った。

「あなたは?」僕は言った。

 男は無言で、背広から手帳を取りだした。テレビで見たのと同じ、警察手帳だった。

「加藤は?」男は苛々とした様子で、また言った。

「誰ですか?それは。」僕は言った。

「加藤だよ!加藤!ここは加藤の家だろう!」男は叫んだ。僕は座ったままで、彼は立ったまま、僕を見ている。真っ正面から、隙一つ無い目だった。左手の方の虹は恐れで壊れてしまった。残った右手の虹を僕はくるくると回したが、男は一顧だにしなかった。

 何秒経っただろう。男はふぅと、息を吐いた。そして言った。

「加藤武だ。五十歳ぐらい。高木という変名を使う時もある。高木純一。こんな男だ。」男はポケットから、一枚の写真を取りだした。中本が写っていた。

「師匠だ。」僕は言った。

「うん?」

「僕の師匠です。本名は中本亮平。」

 男は溜息をついた。

「それは本名じゃない。本名は加藤だ。中本も変名だな。芸名か。下らん。」

 そう言って、男は座り込んだ。

 

 そこから先は、警察で聞いた話になる。

 中本改め加藤は、有名な詐欺師だった。「どんな詐欺でもそつなくこなす」と一人の刑事が表現していた。中でも彼が得意とする詐欺は、何らかの会員を集め、会費を取るだけ取ってから、姿を見せなくなる、というパターンだった。

 虹屋のことは、警察も知らなかった。彼らは僕を被害者と見ているようで、僕が彼と出会った経緯、虹屋の話をすると、さも不思議そうに僕を見た。

「虹を作るんですよ。」僕は言った。

「見せましょうか。」僕はそう言いながらもまた両手に小さな虹を作り出した。だが、刑事はチラリともそちらを見ずに、

「その痣はどうした。」と言った。僕は修行の途中でした怪我です、と言った。

 革コートの男は「金を取られたか」と聞いた。取られていない、と僕が言うと、男は残念そうに天井を見た。

 

 無人島は、信じられないほど修行に適した設備が整っていた。加藤が何をしたかったのかは僕には分からない。虹屋も彼が思いついた沢山の詐欺の一つだったのだろうか?彼一流のジョークだったのだろうか?それは分からない。

 

 僕は大学に戻った。二年が過ぎていたが、留年は四年まで許される。親は僕を徹底的になじったが、それも仕方ないことだろう。いかに修行の為とはいえ、一年近く連絡を取らなかったのは僕の責任なのだから。

 今でも、時々虹を作る。部屋一杯に作った大きな虹を見るのは、何とも心地よい。修行を終えた頃は色の境が曖昧で四色ぐらいにしか見えなかったが、最近は調子が良ければ七色に見えるときもある。島にいた時のような修行を続けているわけではないので、どうして僕の作る虹がだんだんと綺麗になってきているのかは分からない。

 

 一つだけ、確実に言えることがある。あの日、中本が喫茶店で作った虹。あれ以上に綺麗な虹に、僕は未だ出会ったことがない。

 今日も雨上がりに、綺麗な虹が見えた。この辺りには、他にも虹屋としての能力を持った人間がいるのかもしれない。

 

2001/05

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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