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パティシエと首相

 私が専門学校を卒業してこの仕事に就いたのが三年前の話ですから、テレビを観なくなってからもやはり同じく三年間が経ったことになります。

 仕事は、レストランでデザートをつくるというものです。パティシエなどと呼ばれます。あまり大きなレストランではありませんが、それなりに歴史のあるところであり、今の環境には非常に満足しています。

 しかし、パティシエというのはとても難しい職業です。もちろん、職業というのはどれも難しいものです。明日からメイン・ディッシュの方にまわれと言われても、あるいはソムリエをやれと言われても、それは無理というものです。ただ、パティシエが他の料理人と異なるのは、その料理の材料となる分量を完全に守らなければならないという点です。

 例えば、料理の本にはよく「ひとつまみ」あるいは「ひとつかみ」、更には「少々」といった表現が現れます。実際はそれぞれに定義があるのですが、それらが確実に守られているとは思えません。特に中華系の料理人ときたら、塩や胡椒をざざぁとかけて料理を完成させるのですから。もちろん、彼らは自分達の経験でその感覚を知っているのでしょうが。

 パティシエは違います。砂糖、水、全ての分量が適切に決められています。10CCならば10CC、3グラムならば3グラムです。

 かつては、それでもテレビを観ていた気がします。仕事場にあるちょっとした休憩室にも小さなものが一つあって、ニュースを観たり、筋を全然知らないドラマを眺めたりしたものでした。買おうとしたこともありますが、今時のテレビというのは驚くほど安くて、逆に拍子抜けして買わなかった記憶があります。例えば、2万そこそこで25インチ・テレビが買えたはずです。25インチ!どこに置くというのでしょうか。

 昔、まだよくテレビを観ていた頃、とあるニュース番組が若者の政治への無関心さを嘆いていました。その番組は街で歩く若者を捕まえて、こんな質問をしていました。

「今の首相は誰ですか?」

 レストランの閉店が遅れると、そのまま店で眠ってしまうこともままあります。朝、家に帰るわけにもいかずに街をぶらぶらしていたら、全く同じ質問をされました。

 あの時ならば分かりましたが、もちろん、今となっては分かりません。

 

2001/03/13

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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