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ドゥ・アイ・クオリファイ?

dionysos vol.4収録

 中学生の頃に好きだった女の子とセックスをする機会があった。

 七人しか集まらなかった同窓会の三日後,僕はちょっとおしゃれなメジャーを探して,ぶらぶらと商店街を歩いていた。とても寒い日だった。ここ数日の間のいつの間にか手袋の片方をどこかで無くしてしまったらしく,お陰で僕は手先の震えを抑えながらメジャーを探す羽目になった。

 

 朝起きたつもりが,もう夜だった。

 カーテンを開いて窓を開けると,冷たい風が許可無く入り込んできた。外は世界の終わりみたいに絶望的に暗く,寒かったが,だからといって感化されて僕まで絶望的になる程,僕は詩的な人間ではなかった。

 窓を閉めると,腹がぐぅ,と鳴った。僕はトーストをレンジに放り込み,ケトルに水をたっぷり入れて湯を沸かした。

 テレビを付けるとニュースをやっていた。どこかのホテルで火事があって,慌てたホテルマンが客が残ったフロアまでも締め切ってしまい,何十人かが焼死した,という話だっ

た。僕はテレビを切って,代わりにコンポの電源を付けた。宇多田ヒカルの曲が自動的に流れ始めた。僕は慌てて曲を止めるとディスクを取りだして,代わりにリンデン・デヴィッド・ホールのアルバムを入れた。そして丁度彼が一曲目の『ドゥ・アイ・クオリファイ?』を歌い始めようとした時,ケトルがピィと間の抜けた音を発し,ゆっくりと彼女が起きた。

 

 店員に連れられるままに,僕は座敷に上がった。

「おぉ,久しぶりだなぁ」と一番奥に座った男が言った。

 似合わない髭と似合わない眼鏡が印象的な大男で,僕はそれが誰なのかまるで見当がつかなかった。

「本当,何年振り?」大男の隣に座っている女がそう言った。耳の大きな女だった。

 僕は自分が中学生の頃に好きだったテレビ番組を思い出した。いわゆる『ドッキリ』と言うやつ。今まさに,僕の顔が全国のテレビに映っている所を,僕は想像せずにはいられなかった。困惑,混乱。五人の人間がこちらを向いて,何か間の抜けたテレビ映えするセリフを待ちかまえていた。

 彼等や彼女等が過去の自分の人生に多少なりとも関わりを持った人間には,まるで思えなかった。

 

「私が来る前,何を話してたの?」

 紅茶を運んできた店員が視界から消えると,彼女はそう言った。ミルクを紅茶に注ぎながら,僕は答えた。

「過去の話」

 

 三つの鞄を一つずつ開けては,一つずつ中を探した。グレーのリュックサックは五つのポケットを全て一つずつ調べた。どこかのカラオケ店やテレクラのポケットティッシュに紛れて,彼女のマニキュアが一つ転がり出てきた。が,目的のものは無かった。僕は諦めてリュックを放り投げるとコンポの電源を切り,部屋の電気を消した。

 外は恐竜が絶滅した時を思い出す様な寒さで,家の鍵をかける事さえも手がかじかんでままならなかった。

 

 確信,というのは厄介なものだ。本当に確信をもつべき時なんて,世の中には存在しないのではないか?と僕は考える。

 僕が確信を初めて得たあの時,僕はそれが何だか分からずに,ただ溢れてくる何かに溺れる様な感覚にひたすら戸惑った。あの頃の彼女には彼がいたし,今も変わらずいる。それでも僕は根拠無く確信を持ち続けている。いや,確信というのはそもそも,根拠の存在を無意味化するものなのではないか?

 僕は未だに,その確信の処理を正しく行えていない。

 

「それで,電気カーペットは買ったの?」春田は言った。

「まだ。」僕は答えた。「その前にメジャーが無いんだ,ウチには。」

 

 結局,彼女は上着を脱がなかった。

「ほくろがあるの。」

それが,僕に与えられた唯一の解説らしきものだった。

「君の今までのほくろに対する価値観を木っ端微塵に粉砕する様なほくろが。」

そう言って,彼女は小さく笑った。僕はあの頃の事を小さく思い出した。

 今思えば,あの頃に抱いた悩みや心配事は小さいものばかりだった。だけど器の小さかったあの頃の僕には,全てが大きな問題に思えた。もっとも,器の大きさは今もそう変わらない。そして抱く悩みや心配事も。

 

 ウエムラがまた大きく笑った。僕は不意にこの大男を殺したい衝動に駆られた。面白がっていないくせに,むしろそういう時こそに大きく笑う人間が,僕は大嫌いだった。そういった不愉快な出来事が公然と生まれる様な状況も。

「で,やっぱりハシタニは来ないの?」

ウエムラが言った。全員の視線が一瞬だけ,僕に集まった。

「うん。」彼女は言った。

「しかし長いよね。ハシタニとも。」

さっきまでほとんど口を開かなかった長髪の男が言った。

「うん。」さっきとほとんど変わらない感覚で,彼女は答えた。

「実際,何年になるんだっけ?えぇと…。」

ウエムラが,また僕をちらりと見て言った。僕があらかじめ彼の方を向いていたので,ウエムラは僕とまともに目を合わせる事になった。彼は慌てて僕から視線を逸らしたが,その視線が同情と侮蔑で綺麗にデコレーションされていたのを僕は見逃さなかった。僕は本当に,この男を殺したくなった。

 

 彼女はカレンダーを探しているのだと言った。

「そっちは?」

「メジャーを探してる。」ふぅん,と彼女は言った。

「どういうのがいいの?」

「ちょっとおしゃれで,機能的なやつ。」

「機能的なメジャー,ね。」

「まさしくそう。」僕がそう言うと,彼女は小さく笑った。

 

 トイレから戻ると,座敷には長髪の男しか残っていなかった。

「行かないんだろ?カラオケ。」彼はそう言った。

 僕は座ると,残っていた熱燗を一気に開けた。凍っていた感情が,少しずつ溶けていく様な気分。僕は泣きたくなったが,もちろんそうする訳にはいかなかった。

 ふとテーブルの上に目をやると,空いたビール瓶の横にマニキュアが転がっていた。赤いマニキュアだった。僕はくるくるとキャップを外すと,少しだけ左手の親指に塗った。

「そういう趣味あるの?」長髪の男はそう言った。が,僕は何も答えなかった。

 

「ところでさ。」春田は急に雰囲気を変えて,言った。

「同窓会,結局行ったの?」

「あぁ,いや。」僕は何故か,正直に言う気分になれなかった。

「そうか。」春田は,それだけ言った。

 

「良い事と悪い事は,誰にでも公平にやって来る。」彼女は突然にそう言った。

僕は動きを止めて,彼女を見上げた。

「何って?」

「良い事と悪い事。良い事ばかり起きる人なんていないでしょ?ただ問題なのは,順番だけなのよ。」

そう言うと彼女はゆっくりと起きあがって,僕の頭を撫でた。

「三歳で運命の人といきなり出会ってしまうのと,百歳でようやく出会えるのと,どっちがいいと思う?」

 僕は彼女の言いたい事を理解した。

 だが,あるいはだからこそ,僕は何も答える事が出来なかった。

 

2000/04

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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