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ゼロ時への香り

劇団Yies#2にて上演

初稿。照明,音響は仮の設定です。

 

登場人物:

店員(♀)

凡人(♂)

店長(♂)

脱出(♀)

日記(♂)

 

1.

 

 暗転。

 オープニングテーマ。

 眠っている店員。

 携帯に着信音。

 サス。

 ゆっくり起きる店員。電話をとる。相手は凡人。

店員「もしもし。」

凡人「もしもし。俺だけど。」

店員「あ!(飛び起きる)どうしたの?」

凡人「いや,何だか眠れなくってさ。」

店員「そうなんだ。」

凡人「ごめんね,こんな遅くに。」

店員「うぅん,仕方ないよ。だいたい,こんな日にグッスリ眠れる人がいたら,ちょっと

   その神経を疑うわ。」

凡人「確かに。あ,じゃあ君も起きてたの?」

店員「もちろん。ワタシも眠れなくって。」

 照明,家のセットに。サス切る。

 凡人,入ってくる。手には携帯。

凡人「そう,見た限り今起きたばっかり,って感じだけど。」

店員「どこから入ってきたの!」店員,携帯を離す。

凡人「玄関。合鍵をくれたのは君だろ?」

 以下も凡人は携帯を使って話し続ける。店員を見ない。

店員「…そうだったわ。でも,何も驚かされる為に鍵を渡した訳じゃないのに。」

凡人「馬鹿だなぁ。驚かされる為に鍵を渡す人間なんていないよ。」

店員「ところで…。」

凡人「何?」

店員「いい加減,こっち向いて話しなさいよ。」

 凡人,気付く。

凡人「あ。あぁ。」

 二人,寄り添う。

店員「だいたい,どうしてこんな遅くに?確かに,最期の日は二人で一緒に過ごそう,と

   は言ったけど。」

 凡人,時計を見る。

凡人「今,日が変わったよ。もう今日が地球最期の日だ。だから僕は君と一緒に過ごす。

   何か間違ってる?」

店員「…ううん。」

 更に寄り添う。

 暗転,音楽。

 

 

2.

 

 明転,店のセット。音楽切る。

店員「ふわぁ…。」

 店員,眠たげに店に入る,と店長は首を吊って死んでいる。

店員「…店長!店長!」駆け寄りながら。

 近づくと店長起きる。店員驚いて倒れる。

店長「いや,実はまだ生きてる。」

店員「何してるんですか!」

店長「首吊り自殺未遂。」

店員「見れば分かります。」

店長「首吊りはいいぞ。エミール・クストリッツァの映画を観ろ。首吊りが一番絵になる

   自殺方法だよ。薬は変化が無さ過ぎるし,飛び降りは形が後に残らない,焼身は熱

   いし,切腹は痛い。だから首吊りしか残らないんだよ。だいたい,ケーキ屋で店長

   が首吊りとはシュールな構図じゃないか。自殺評論家がいればこぞって絶賛,カン   ヌにスィサイド部門があれば金賞,自殺情報週刊誌『自殺通信』,略して『ジサツ

   ウ』があればクロスレビュー三十六点で殿堂入りプラチナは堅いね。」

店員「首吊りの魅力は分かりました。でも何で自殺なんかするんです?せっかくここまで

   生きてきたっていうのに。」(魅力は決して分かってはいけない)

店長「いいか,私達は今晩死ぬんだ。それは避けられぬ運命だ。むしろ運命と書いて『さ

   だめ』だ。全く,悔しいと思わないか?地球の寿命が後少しだったなんて事実に気

   付くまで私達は自由に生きてきたつもりだったのに,気付いたらまだ釈迦の手のひ

   らの上にいた孫悟空の気分だ。耐えられない。だから私はさだめに逆らおうと思っ

   た。つまり最期の夜を前に自らその命を絶とう,と。」

店員「絶っていないじゃないですか。」

店長「丁度ロープを首にかけようとした所で,だ,今晩『ビバリーヒルズ青春白書』があ

   るのを思い出した。」

店員「観てるんですか?こんなご時世に。」

 煙草を取り出す店長,火をつけて。もったいぶる感じ。

店長「恋の行方はいつだって気になるもんだよ。」

 むやみにカッコよく。女,冷たい目。店長,それを無視して照れる。

店員「自分の台詞に照れないで下さい。」

店長「あ,あぁ。ところで今日のシフトでは君一人だったか?エリコくんやタカコくん 

   は?」

店員「来ないんじゃないですか?こんな日に。」

店長「じゃあどうして君は来てるんだ?」

店員「どうして,って…。」

店長「ふん,まぁ君もくそ真面目というかくそ愚かというか。」

店員「誉めてるのかけなしているのかどっちですか?」

店長「暗にけなしてる。」

店員「全然暗じゃないですよ。」

店長「そうか,君も鋭いな。」

店員「…ところで店長,今日は店出るんですか?」

店長「いや,もう帰るよ。明日までに返さなきゃならないビデオがあるのを思い出したん

   だ。『アルマゲドン』と『ディープ・インパクト』,それから『インディペンデン

   ス・デイ』。世界の終末を救う人間達の大袈裟な物語さ。」

店員「いつも思ってたんですけど,店長のセンスってホントに最低ですよね。」

店長「世の中が最低なんだ。むしろマトモなセンスを保っている人間の方を疑うよ。」

 暗転。音楽。

 

 

3.

 

 明転,外のセット。音楽切る。

脱出「ねぇ,お金貸してくれない?」

凡人「いつ返してくれるんだ?」

脱出「明日か明後日。」

凡人「またの機会に。」去ろうとする。が,腕を掴まれる。

脱出「少しでいいのよ,少し。」

凡人「幾ら?」

脱出「三億円。」

凡人「白バイ警官の格好して現金輸送車でも襲えば?」去ろうとする。

脱出「あなたのジョークってつまらないわ。」

 凡人振り返る

凡人「僕のせいじゃない。世の中がつまらないから僕までつまらなくなるんだ。世の中が

   楽しかった頃はみんな楽しい人達ばかりで,僕だって気の利いたジョークの一つや

   二つ,簡単に言えた。だが,今の世の中を見てみなよ。つまらない世の中に耐えき

   れなくなった楽しい人達は,次々と死んでいったじゃないか。残ったのはつまらな

   い世の中とつまらない人達,そしてつまらないジョークだけさ。」

脱出「ね,もう一度何かジョークを言ってみて。」

凡人「…プープープー。この携帯,ドコモ繋がらん。」

脱出「…壊滅的だわ。そこらの素人劇団でももっとマシなネタをやるわ。」

凡人「現実とネタを一緒にするな。僕達が生きているのは現実で,現実は根本的に笑えな

   いんだ。もし笑ってるやつがいるとしたら,そいつはただ現実が見えていないだけ

   さ。」

脱出「そんな事を言っているんじゃないわ。話を戻してよ。」

凡人「話変えるけどさ。」

脱出「話聞いてる?」

凡人「分かってるよ,これもまたつまらないジョークだ。そもそも,三億円で今更何をし

   ようって言うんだ?」

脱出「決まってるでしょ。地球から脱出するのよ。」

凡人「脱出…?例のロケットか!」

脱出「そうよ。発射の延期を重ね重ねている内にいつの間にか世界中で一握りの金持ちだ

   けが乗る事を許される資本主義社会のノアの箱船にして,高校球児を描いた青春マ

   ンガと同じ名前を持つあのロケット,H2。ワイドショーで仕入れた情報によればそ

   れに乗れるかどうかの境界線は資産に換算して三百億円になるかどうか,らしい 

   わ。」

 脱出,懐から新聞の切り抜きを取り出す。

脱出「見て,ここに書いてあるでしょ。『資格を持つと思われた方は以下の番号まで今

   すぐお電話を。地球脱出プロジェクト』。」

凡人「何だか嘘っぽいな。」

脱出「…これだからワイドショーを見ない人間は話にならないのよね。これが各新聞に一

   斉に載ったのが,ほんの一月程前の事なの。それからは毎日の様にテレビで大騒ぎ

   してるわよ。」

凡人「しかし三百億円となると,もし僕が今,首尾良く君に三億円渡したとしても,二桁

   足りないな。」

脱出「それはそれ,今日が何の日か知ってるの?」

凡人「地球最期の日。」

脱出「違うわ。日本ダービーよ。」

凡人「さようなら。」

 凡人,去る。

 暗転,音楽。

 

 

4.

 

 明転,店のセット。音楽切る。

 日記,あたりを見回しながら店に入る。気付く店員。

店員「あ!いらっしゃいませ。」

 驚く日記。が,すぐ冷静になって。

日記「地球最期の日だと言うのに,ケーキ屋には店員がいた。きっと少々頭がおかしいに

   違いない。」(ノートに書き込みながら)

 訳の分からない店員。日記,ちらりと店員の顔を見てまたノートに顔をうつす。

日記「確かに。そんな感じの顔だ。」(ノートに書き込みながら)

店員「何よあんた!」

日記「あぁ,気にしないでくれ。一般庶民には理解出来ないだろうからな,この崇高なド

   ラマは。」

店員「ドラマ?」

日記「そう,ドラマ。私はドラマを求めて今日まで生きてきた。だが,現実は退屈で退屈

   で,これまでの世の中にはドラマのテーマになる様な物事なんて存在しなかった。

   ところが半年前,突然にテーマが降ってきた。それもただのテーマじゃない。地球

   の終わり,という壮大なテーマさ。」

店員「あぁ,もう半年前になるのね。すっかり過去の出来事だわ。」

日記「地球が後半年で終わる,というニュースを聞いてから私は日記を書き始めた。地球

   最後の日までの日記。これは素晴らしいドラマになる。つまり,大ベストセラー間

   違いなしだ。一躍私は大金持ちとなり,TIME誌の表紙を飾り,長者番付作家部門で

   赤川次郎を抜いてトップになる。以後,出す本出す本が飛ぶ様に売れたが40歳で突

   然の断筆宣言。今じゃカリブで悠々自適の隠居暮らし,って噂だよ。」

店員「あなた,根本的な所で矛盾してるわ。今日が最後の日なのに,そのドラマを誰が読

   むのよ。」

 間。

日記「しまった!」

店員「あなたの頭の方がおかしいんじゃない?」

日記「あぁ,こんな事ならわざわざ危ない目をする必要は無かったんだ!」(聞いていな

   い)

 日記,ノートを投げる。

店員「危ない目って?」

日記「読者はドラマにスリルとサスペンス,でもって少しの濡れ場を期待している。だか

   ら私は,さっき銀行強盗をしてきた。それはそれは火曜サスペンス劇場よりもサス

   ペンス,日曜スリル童話よりもスリルな時間だった。」

店員「日曜スリル童話って何よ?」

日記「これを見ろ。」

 日記,鞄を開ける。中には大量の金。

店員「すごい!」

日記「後は少しの濡れ場だけだったんだが…。」

 日記,店員と目が合う。

店員「…でも,諦めたのよね,ね?書いても誰も読んでくれない訳だし。」

 日記,落としたノートを拾って開く。そして書き始める。

日記「彼女の瞳は潤んでいた。『こんな所で?』僕は言った。が,彼女の情熱は時と場所

   を選ばない事を僕は知っていた。『早く来て。』彼女は頬を赤らめながらそう言っ

   た。『でも,ジョニーが…。』『言わないで。いいの。』彼女は伏し目がちにそう

   言った。熱い情熱が僕の中からこみ上げてきた。『今行くよ,ハニー。』僕は急い   でベルトを外してファスナーを下ろすと,彼女の胸の中に飛び…。」

 店員,日記を殴る。股間を蹴っても良いかもしれない。日記,倒れる。

店員「え?」

 日記,動かない。男をゆさぶる女。しかし男は動かない。

店員「きゃあ!」

 店員,悲鳴を上げて逃げる。

 

 

5.

 

 動かない日記。脱出が入ってくる。

脱出「店員が寝てるとは不用心な店ね。ケーキでも頂こうかしら。」

 脱出,ふと日記の鞄に眼をやる。動きが止まる。

脱出「こ,これは…!」

 近寄って鞄を開ける。

脱出「1…2…3億円あるわ!」

日記「う,うー。」

 日記,唸り始める。脱出,慌てて鞄を隠す。

日記「バイオレンス!」

 日記,飛び起きる。脱出,驚いて倒れる。

日記「うぅむ,やはりドラマはこうでないといかん。意外だった…。あんなか弱そうな女

   性が。なるほど,そしてやはり濡れ場はドラマの中盤,客がストーリーに少し気怠

   さを感じ始めた頃…という事はそろそろ,か?。」(辺りを見ながら)

脱出「え?何?」

日記「『おいで,坊や。』彼女はその小悪魔的な瞳で僕を見…」(ノートに書く)

 店長,入ってくる。日記動きを慌てて止める。ファスナーは戻そう。

店長「あれ?あれ?お客さん?」

脱出「あ,あ,えぇ。」(鞄を隠す)

店長「こりゃ失礼。いらっしゃいませ。地球最期の日にケーキを買いに来るとは,ちょっ

   と洒落てますね。何か買っていきますか?」

日記「何があるんですか?」

店長「当店の自慢は名物,八つ橋ケーキですが。」

日記「…他には?」

店長「当店の自慢は名物,八つ橋ケーキです。」

脱出「八つ橋ケーキってのは,八つ橋の中にケーキが入ってるの?ケーキの中に八つ橋が

   入ってるの?」

店長「八つ橋の中にケーキが,ケーキの中に八つ橋が,飽きるまで延々と入ってます。」

脱出「例えて言うならメビウスの輪ね。」

日記「…地球最期の日は不思議な光景で溢れていた。この世界はいつの間にか常識という

   言葉を失ってしまったらしい。哀しむべき事だ。あの平和だった日常はいつ戻って   くるんだろう?あの明るい笑い声はいつ返ってくるんだろう?そして,紅天女を選   ぶ戦いはいつ決着がつくんだろう?」(ノートに書く)

脱出「戻ってこないし,返ってこないし,つかないわよ。この地球を脱出しない限り。」

店長「脱出だって?まだそんな事を夢見ているのか。」

脱出「夢なんか見てないわ。現実よ。みんな大騒ぎしてるわ。あなた,ワイドショー見て

   ないの?」

凡人「見てないよ。店長は『フルハウス』とか,青春ものにしか興味無いんだ。」

 凡人,入ってくる。

店長「あぁ,君か。」

脱出「あなた…。」

凡人「あれ?彼女,来なかったですか?」(脱出を無視して店長に)

店長「いや,一度見かけたんだが,どこかに消えてしまった。」

脱出「いいわ,あなた達はよく知らない様だから私が一から教えてあげるわ。そもそもは

   江戸時代,時の将軍徳川家綱の妹がオリオン座からやってきたグレイに捕まった事

   からモルダーの復讐は始まったのよ。紆余曲折があったわ。ディープ・スロートが

   死んだ。モルダーの父が死んだ。ミスター・エックスが死んだ。スカリーの父はあ

   まり意味無く死んだ。スカリーの妹も死んだ。」

 凡人達は無視して会話を続ける。脱出は男達が笑い始めたら話をやめる。

凡人「この人達は?」

店長「お客さん。」

 凡人,脱出をチラリと見る。

凡人「…世も末ですね。」

店長「確かに。」

凡人「だいたい,何でこんな日まで店開いてるんですか?」

店長「うーん。ギャグで。」

 日記,ウケる。店長,凡人つられて笑う。

脱出「聞け!」

 凡人,店長,日記,止まって脱出を見る。日記は呆然と。

脱出「…もういいわ。あなた達は分かってないのよ。そして最後の最後になってから悔や

   み始めるんだわ。私の言っている事を聞いておけば良かった,って。分かる?最後

   に笑うのは私なんだから。」

 脱出,鞄を見つからない様に持ちながら去る。

 少し間。凡人と店長は何となく動く。日記は呆然としたまま。

凡人「どうした?」

日記「…惚れた。」

凡人「あぁん?」

日記「惚れたよ。あの挑戦的な目つきと素晴らしい滑舌に。」

凡人「なんだって?」

日記「あっ!」

 日記,何かに気付いたかの様なアクション。鞄の事を思い出したか?と客に思わせる。

店長「どうかしたか?」

日記「…彼女の定期入れだ。」

 日記,定期入れを拾う。事前に脱出が落としておく必要は無いと思う。

 つまり,自分の手元から,今拾ったように見せる。(難しいか?)

 日記,思わず定期入れを開けて見る。

凡人「おいおい。」

店長「なんて名前?」

 日記,再び呆然。

店長「どうした?」

 店長,定期入れを覗き込み,呆然。

凡人「何やってるんだ。」

 凡人,定期入れを取り上げて見る。呆然。

凡人「…酷い。」

店長「…あぁ。」

日記「…あんな名前を娘につけるなんて。」

店長「…全くだ。どうかしてる。あんな卑猥な名前を,よりによって愛娘に。」

凡人「…信じられない。あそこまで不埒で破廉恥,人道に反する名前とは。ギャルゲーで

   打ち込んでみた事さえ無い。」

店長「うっかり口には出せないな…。」

凡人「あぁ…,これがテレビの生番組だったら,言った人間は芸能界を永久追放だ。」

日記「『名前』だなんて…。」(『名前』は聞こえない程小さな声で。)

凡人「え?」

日記「考えられないよ!『ピー』だなんて!」(『ピー』は音ネタ,以下同じ。)

凡人「分かるよ。『ピー』だもんな。」

店長「しかし『ピー』とはな。『ピー』の親が見たいよ。娘に『ピー』とはね。」

 少し間。

店長「…とりあえず,返しに行くべきだろう。どこに住んでるんだ?」

 凡人,定期入れを見る。

凡人「蹴上。」

店長「微妙に遠いな。」

日記「私が返しに行こう。これも運命だ。筋書きの無いドラマだ。」

凡人「ほい。」(凡人,日記に定期入れを渡す。)

日記「…それでは,縁があればまた会おう。といってもこんな世界だ。もう二度と会う事

   は無いだろうがな…。」

 日記,去る。

 少し間。

店長「『ピー』か…。」

 暗転,音楽。

 

 

6.

 

 明転,外のセット。音楽切る。

 脱出,イアホンで何かを聴いている。

 店員,焦った様子で早歩きをして入ってくる。

 店員,そのまま歩いて脱出にぶつかる。

店員「あ,ごめんなさい!」

 脱出,イアホンを聴いたまま,店員を手であしらう。

 それを見て店員,去ろうとするが,脱出の鞄を見て止まる。

店員「あれ…?その鞄は…。」

脱出「え…?な,何よ!言いがかりだわ!濡れ衣もいい所だわ!」

店員「え…?」

脱出「…これはね,さっきそこ,そこで拾ったのよ。」

店員「そこって?」

脱出「えぇと,そう,つまりね,大文字山の大の字が犬になってしまう点のあたりよ。」

店員「なぁんだ,ごめんなさい。」

脱出「…あなた,人を疑った経験ある?」

店員「え?」

脱出「ムカつくのよね。そういう平和っぽい人。さぞかし平凡で幸せな生活をつつがなく

   送ってきたんでしょうけど。」

店員「そうかな?」

脱出「違うって言うの?」

店員「私は私なりに波瀾万丈の人生を送ってきたつもりだけど。」

脱出「何が波瀾万丈よ。せいぜいビックリマンチョコを二つ買ったら両方ともヘッドだっ

   た事がある,程度の話じゃないの?」

店員「違うわよ。」

脱出「じゃあどんなのよ。」

店員「そうね,そもそも,今はこんな格好をしてるけど私,本当は蛙なの。蛙の王女様。

   ところがある時アマガエルヒキガエルウシガエルトノサマガエル等々からのあまり

   のモテっぷりと,その原因になった私のあまりの美貌っぷりに嫉妬した悪い魔女蛙

   に,呪いをかけられて,こんな人間の姿にされてしまったの。」

脱出「…あなた,熱あるんじゃない?」

店員「…そう,人間って恒温動物なのよね。変温動物だった頃が懐かしいわ。今でも時々

   思い出すの。あの美しくもジメジメとした梅雨の一夜の事。ラインハルトったら待

   ちきれずにあの長い舌で…。」

脱出「念のため聞いておくけど,ラインハルトって蛙?」

店員「そうよ。あんないい男はいなかったわ。」

脱出「…人間になってから,マトモな恋愛してる?彼氏は?」

店員「います。」

脱出「どうせアレでしょ?今流行りの終末恋愛。『地球最後の日に一人なんて耐えられな

   い!』って言うだけの。極限状態に陥った男女が意味も考えず目についた異性と最

   後の恋愛ゴッコをしてるに過ぎないんだわ。」

店員「違うわ。彼とは付き合い初めて,もう今日でちょうど一年になるもの。」

脱出「ちょうど一年?ちょうど一年前って言ったら,地球の終わりが正式に宣告された日

   じゃないの。」

店員「そうよ。あの宣告があってすぐ,彼が私にプロポーズしたの。『地球最後の時を一

   緒に過ごそう』って。」

脱出「ふぅ,全くこの世の中,何か間違っているとしか思えないわ。本当に今の男共は見

   る目が無いのよね。」

店員「ダーリンの悪口を言わないで下さい。」

脱出「ダーリン?そういうタームは自分達を鏡で見てから言いなさい。聞いている方が恥

   ずかしいわ。」

店員「ダーリンはダーリンです。」

脱出「…可愛い子ぶっちゃって。可愛くないわね。あなた,どうせアレでしょ?花屋さん

   とかペットショップとか,照れもなくそういう職業に憧れてたクチでしょ?」

店員「いいえ,私はケーキ屋さんだったわ。」

脱出「そういうのを誤差の範囲内って言うのよ。」

店員「違うわ。だって花は食べられないじゃない。ねぇ?」

脱出「とことん幸せな人ね。」

店員「じゃあ,あなたは何?小さい頃,何になりたかった?」

脱出「ウチは開業医で,私が初めての子供だった。みんな男の子だって期待してた。そし

   て違うって分かると,今度はみんな『でも,女の子でも跡が継げない事は無いんだ

   し』と思う様になった。気付いた時には,私は親の引いた真っ直ぐで退屈なレール

   の上に乗っていた。…私には,ケーキ屋さんに憧れる隙なんてなかった。」

店員「…ごめんなさい。」

脱出「どうして謝るのよ。」

店員「…なんとなく,でも。」

脱出「あなた,動物占い的に言うと羊の人でしょ。」

店員「どうして分かったの?」

脱出「それはね…。」

 店員の電話に着信音。

店員「あ,ちょっと待ってね,電話が。」

脱出「おい。」

 店員,電話を取りだして会話。脱出を見ない。

店員「あ,もしもし?今?うん,全然いいわよ。」

脱出「おいおい。」

店員「そう,そうなの。武蔵川部屋。」

脱出「…。」

店員「違うわ,それはオーベルシュタイン。」

脱出「…。」

店員「場所?えぇと,ハイライトの前。」

 脱出,後ろを見る。確かにハイライトの前である。

 同時に店員,ちらりと脱出を見る。

店員「そう,なんか悪そうな人に捕まってる。」

脱出「あなた,多重人格者じゃない?親戚にビリー・ミリガンとかいない?」

店員「じゃ,後でね。」

 店員,電話を切って手元になおす。

脱出「あなたね…。」

 と,すぐに凡人,入ってくる。

凡人「待った?」

店員「うぅん,全然。」

凡人「じゃ,行こうか。」

店員「うん。」

 凡人・店員,脱出を無視して先へ行こうとする。

脱出「待てぃ!」

 凡人・店員,立ち止まって振り返る。

凡人「あ…。」

脱出「ふぅ…またあなた?」

凡人「それはこっちの台詞だよ。だいたい,あんたは何者だよ。」

脱出「何者,って失礼ね。」

凡人「…とは言っても,改めて名前を聞く気にはもうなれないけど。」

脱出「え?」

凡人「あぁ,さっき定期入れを店に落としていったろ?」

脱出「…嘘?」

凡人「という事は,まだ受け取ってないのか。」

脱出「…中を見たの?」

凡人「見た。」

 うつむく脱出

 間

店員「え?え?え?どうしたの?」

凡人「いや,ちょっと大人の事情があって。」

店員「え?え?え?」

 顔色が変化する脱出(震えだす?)

店員「ちょ,ちょ,ちょっと,大丈夫?」

脱出「…あ,あ,あ。」

店員「ねぇ,大丈夫?ちょっと!」

凡人「おいおい,本当に大丈夫か?」

脱出「…あ,あ,あ,来たー!」

店員「え?」

凡人「な,何が?」

脱出「来たわ!来たのよ!3-6!3-6よ!」

 脱出,ポケットから馬券を取り出す。

脱出「3-6!3-6!」

店員「…馬?」

脱出「オッズは…138倍!やったー!」

凡人「…おいおい。」

 脱出,ふと素に戻って。

脱出「見た?見た?見た?そうよ!138倍!これで一気に…えぇと,414億円よ!これで,

   これで,これで…。」(感極まる)

凡人「まさか…本気だったのか?」

脱出「そうよ!見てなさい!あなた達がこのちっぽけな惑星の表面に這い蹲ってその一生

   を終える傍らで,私が遙か宇宙へと旅立つ姿を!」

凡人「まさか…本気だったとは。」

脱出「どう?今の気分は。だから言ったでしょ?最後に笑うのは私なんだから!」

 脱出,時計を見る。

脱出「さ,急がないと。私には明日があるんだから。ふふふ。じゃ,さよならね。」

 脱出,去る。

 立ちつくす店員・凡人。

 暗転,音楽。

 

 

7.

 

 明転,外のセット。音楽切る。

日記「いない…。」

 間。照明切ってサスに。

日記「昔からそうだった…。追いかけると逃げられる。かと言って追いかけないといなく

   なる。昔から,昔からそうだった。」

 凡人・店員,現れる。

店員「急に暗くなっちゃったね。」

凡人「そうだな。」

 サス切って照明,外のセット。

日記「何だ,君等か。」

店員「何だ,って失礼ね。」

凡人「何だ,って事はまだ彼女に会えてないんだな?」

日記「…あぁ。」

店員「彼女,ってさっきの危なそうな人?」

凡人「そうだよ。」

日記「見たのか?!見たのか?!」

店員「う,うん…。」

日記「どこで?!」

店員「さっき,ハイライトの方で…。」

 日記,走り出しハケる。

 凡人・店員,顔を見合わせてから舞台からハケる。

日記「あっちの方,あっちの方…。」

 日記,現れる。逆のそでからだとカッコ良いか?

日記「あっちの方…って具体的にどこなんだよォ!」

 日記,疲れで走るのを止める。肩で息。

日記「京都人ならせめて通りの名前で言えよな…。」

 脱出,現れる。日記が出てきた方から?

日記「あ!」

 脱出,早足で歩いていく。日記,少し迷いを見せつつ。脱出,そのままハケかける。

日記「ちょ,ちょ,ちょっと!」

脱出「何!」

日記「その,えぇと,つまり。」

脱出「何よ!急いでるのよ!」鞄を振り回しながら。

日記「あれ?」

脱出「え?」

日記「その鞄,ひょっとして…。」

 日記,自分の身を確かめる。鞄が無い事に気付く。

日記「無い!鞄!」

脱出「もっと早く気付きなさいよ。」

日記「という事はそれ…ひょっとして中に…。」

脱出「違うわよ!中に何よ!」

日記「僕の,僕のジェニファーが入っていないか?」

脱出「ジェニファー?」

 脱出,鞄を探る。中から取りだしたのはキューピー人形。

日記「ジェニファー!」

脱出「あなたねぇ…。」

日記「頼む,返してくれ。僕の友達はジェニファーだけなんだ。」

脱出「アンパンマンより酷いわね。」

日記「ジェニファー,ジェニファーだけは。」

脱出「そうね,じゃあどうしてもらおうかしら。」ジェニファーをもてあそびながら。

日記「何でもする,何でもするから。」

脱出「じゃ,三回回ってワンって言ってごらん。」

 日記,三回回ってワン。

日記「これで満足か,これで満足なのか。」

脱出「そうね,それじゃあ次は,」

日記「次!?」

脱出「とりあえず脱いで貰おうかしら。」

 日記,躊躇せず下から脱ぎ始める。何故か少し嬉しそう。

脱出「やっぱりやめるわ。」

日記「え?」少し寂しそうに。

 間

脱出「こんな事をしてる暇は無かったんだわ。」

 脱出,ジェニファーを日記に投げる。日記,それをかわして。

日記「そう,こんな事をしてる暇は無いんだ。」急にダンディー口調,以下同じ。

脱出「唯一の友達に冷たいのね。」

日記「冷たくしても許される仲,って事さ。」

脱出「とにかく私,急いでるの。」

日記「時間はかけさせない。」

脱出「何よ,一体。」

日記「そう,僕は初めて会った時から君の事が…。」

脱出「分かったわ。じゃ。」

 脱出,去ろうとする。

日記「ちょ,ちょっと返事は?!」

脱出「人の行動から返事を読みとる術を習わなかったの?あなた。」

日記「僕が知っているのは昔の偉人の言葉,『嫌い嫌いも好きの内』だけさ。」

脱出「ハイハイ。」

日記「で,返事は?」

 脱出,日記に近寄る。耳元で。

脱出「嫌いに決まってるでしょ!」

 日記,耳を押さえてうずくまる。

脱出「じゃね。はぁ,ホントに急がないと。」

 脱出,ハケる。

 店長,入れ違いに入ってくる。手には酒瓶。

店長「おぉ,会えたのか。」

 日記,うずくまったまま。

店長「で,結果がこれか。」

日記「…現実って厳しいですよね。」

店長「ふん,まぁな。」

日記「死にたくなる…。」

店長「そうか,手伝ってやるよ。」

 日記,飛び起きる。

日記「モノの例え,って言葉,知ってますか?」

店長「知ってるよ。こう。」

 店長,ももを高く挙げる投球フォーム。

 間。

店長「こう,さ。」

 店長,もう一度ももを高く挙げる投球フォーム。

日記「野茂の例え。」

店長「そう!」

 間。

店長「…現実は厳しいな。」

日記「…そうですね。」

店長「…とりあえず,呑むか。」

日記「…えぇ。付き合わさせて下さい。」

 暗転。音楽。

 

 

8.

 

 明転,飲み屋のセット。音楽切る。

 飲み屋。店長は呑み,日記寝ている。日記,目覚める。

日記「ママ…。」

店長「ん?」

 日記,ハネ起きる。

日記「…どこですか,ここは。」

店長「『店』だよ。」(『店』には広告を出してくれた飲み屋が良いだろう。)

日記「…どこですか,それは。」

店長「『場所』にある。『品』が巧い。いい店だよ。『店』は!」

 『場所』,『品』も同様に。いい店だよ~以下は面に構えると嘘っぽくて良い。

日記「誰に言ってるんです?」

店長「ん?まぁ,言ってみたかっただけだ。」

日記「で…日は変わったんですか?」

店長「まさか。もうすぐカウントダウンだよ。」

日記「カウントダウン?」

店長「そうだよ。こんな日にカウントダウンが無くてどうする。これは祭りだよ。最期の

   祭り。」

日記「誰も彼も趣味が悪いですね。」

店長「俺もそう思うよ。」

 間。

日記「店長さん,って死にたくなった事あります?」

店長「死ぬ程ある。」

日記「死にたくなったらどうします?」

店長「方法を考える。」

日記「え?」

 間。

店長「死にたくなったら死ぬ方法を考えるんだよ。飛び降りがいいか,首吊りがいいか。

   朝がいいか,夜がいいか。吉田山がいいか,新京極がいいか。だけどこうして死ぬ

   程死ぬ事ばかり考えていると沢山いいアイデアが浮かんできて,何だか死ぬのが勿

   体ない気がしてくる。」

 間。

店長「優柔不断なんだよ,昔から。そうして迷っている内に,いつも一番やりたくなかっ

   た選択肢だけが残ってる。」

日記「死にたかったんですか?本当に。」

店長「本当に。」

日記「…ケーキ屋は?僕は今日初めて行ったけども,いいケーキ屋だ。綺麗で,落ち着い

ていて。」

店長「小さい頃,何になりたかった?」

日記「え?」

店長「私はパイロットになりたかった。それも宇宙船のパイロットに。ルイ・アームスト

   ロングが,テレビに出てくる五色五人の変人達よりもずっと,私のヒーローだっ 

   た。」

日記「じゃ,どうして諦めたんです?」

店長「生まれつき目が悪かった。」

日記「あ…。」

店長「眼鏡やコンタクトでは,まだ宇宙には行けない。」

 間。

店長「それで君は,小さい頃,何になりたかった?」

日記「…僕は,ダンディーになりたかった。」

店長「はぁ?」

日記「テレビドラマに出てくる様なダンディーな男に。ウィンクを一つで彼女の心を鷲掴

   みする様な,ダンディーな男に。夜は薄紫色のナイトガウンを羽織ってロッキン 

   グ・チェアに座り,ペルシャ猫を撫でながら赤ワインをくるくると揺らす様なダン

   ディーな男に。」

店長「そりゃオマエ,観ていたテレビドラマが間違ってるよ。」

日記「…みんなそう言います。」

店長「だろうな…。まともな恋愛も出来なかっただろう。」

日記「えぇ,追いかければ逃げられ,追いかけなかったら500メートル四方には誰も近

   寄らない様な。」

店長「自業自得だな。」

日記「…優しくないんですね。」

店長「生憎そういう趣味は無い。」

日記「どうせならさっきのまま,眠ってるんだった。そもそも,生まれるんじゃなかった

   のかもな。」

店長「意味の無い話だ。」

日記「じゃあ何が一体,意味のある話だって言うんです?一体何が,こんな時に話す意味

   のある事だって言うんです?」

店長「知らないよ。それが分かってりゃ,とっくに悔い無く死んでる。」

日記「詭弁だ。」

 間。店長,立ち上がる。

店長「さて,そろそろだな。」

日記「何がです?」

店長「だからカウントダウン。」

日記「もうですか?」

店長「もうすぐ11時45分だろ?666秒前から全国放送でカウントダウンがあるんだよ。」

日記「…とことん趣味が悪いんですね。」

店長「開き直りだろ。さ,行くのか?」

日記「…行きますよ。こんな所にいても意味がない。」

店長「そういう事だよ。」

 日記,店長,ハケる。

 暗転。

 

 

9.

 

 明転。サス。

脱出「運命って言葉,信じる?」

脱出「私は信じずに生きてきたわ。ここまで,ずっと。」

 間。

脱出「頑張れば出来る,って小さい頃よく言われなかった?」

脱出「私もそう思って生きてきた。これまで,ずっと。」

 脱出,倒れ込む。

脱出「運命なんて存在しない,やろうと思えば何でも出来る。そう思って生きてきた。だ

   から私は,一年前に地球が終わるって聞いた時も全然怖くなかった。そんな酷い運

   命が本当に存在するなんて信じなかったし,何時か間違いだって分かると思ってた

   し,それとも誰かがきっと助けてくれるって思ってた。」

 間。

脱出「エイプリルフールみたいなモノだって思ってた。明日になれば『あれは嘘だったん

   だよ。』って誰かが言ってくれるって,思ってた。夏風邪みたいなモノだって思っ

   てた。気付いた時にはすっかり元通りになってるって,思ってた。」

 間。

脱出「だけど,元には戻らなかった。現実は,非可逆的だって,誰かが言ってた。」

 脱出,何とか立ち上がる。以下,手振りで抑揚を激しく。

脱出「三百億円,三百億円を今,私は持っている。非現実的な量のお金だわ。換金所のお

   ばちゃんが目を丸くしてた。私だって信じられない。正直言って,少し,運命を受

   け入れそうにもなったわ。私,このまま死ぬんだ,って。でもそうじゃなかった。

   そうじゃなかった。そうじゃないと,思った。」

 間。

脱出「大切に持ってた新聞の切り抜きを見て,電話したわ。地球脱出プロジェクトに。そ

   したら何て言われたと思う?こう言われたの。『定員オーバーの為,募集は一月前

   に締め切らせてもらっています。』」

 間。

脱出「一月前?新聞に広告が載った日だわ。そうよ,あの日にもう応募が殺到して,二分

   で定員オーバーになったんだって。」

 間。

脱出「一月間,私は何をしてきたの?ねぇ?これまで,私は何をする為に生きてきたの?

   ねぇ?何をする為に?ねぇ?何をする為に?ねぇ,誰か,誰か教えてよ!」

 間。脱出,少し笑い始める。

脱出「…無理よね。地球には誰もいなくなるんだから。ふふ,最初から無理だったのよ 

   ね。最初から。ふふふふ,でもずっと,ずっと信じてきたのにね。最期に笑うのは

   私だ,って。」

 暗転。

 

 

10.

 

 明転。家のセット。

 店員の家。

店員「静かだね…。」

凡人「そうだな…。」

 間。

凡人「テレビでカウントダウンをやってるはずだよ。観る?」

店員「いい。」

 間。

店員「もうすぐ,終わっちゃうのよね。」

凡人「そうだな。」

店員「全部,終わっちゃうのよね。」

凡人「そう,だな。」

 間。

凡人「どうした?」

店員「…こんなのって,ひどいよね。」

凡人「何が?」

店員「何が,って何もかもよ!何もかも!」立ち上がって。

凡人「どうした。落ち着けよ。」

店員「落ち着け?どうしてこんな時に落ち着けるのよ!ひどいじゃない!こんなのでいい

   の?こんな中途半端に終わっていいの?」

凡人「仕方が無いじゃないか。それが運命ってヤツだよ。」

店員「何よそれ!そんなの,そんなの,ひどい!」

 店員,くずれ落ちる。

店員「そんなの,ひどいじゃない。だって,本当はもっと色々したかったよ。全然中途半

   端だよ。もっと色々な場所でデートして,色々な場所でご飯食べて,それで時々喧

   嘩もして,それで,二人の時間に余裕が出来たら…結婚して。ウェディングドレス

   も着たかったよ。それで子供も。男の子も女の子も欲しかったし,『ママ』って言

   われたかったし,あなたが『パパ』って言われて困惑してる顔も見たかったし。そ

   れでみんなでまた何処かに遊びに行って,それで子供もだんだん大きくなって,そ

   れでいつの間にか『おばあちゃん』って孫に言われたりして,それでも周りの人達

   から『あの二人って若いわね』って言われて,それでまた二人で遊んで,それで,

   それで…。」

凡人「分かったよ。でも,泣かないで。」

凡人「お願いだから。」

店員「…分かった。」

 間。

店員「…小さい頃,何になりたかった?」

凡人「小さい頃…僕は,別に,何にもなりたくなかった。」

店員「…本当に?」

凡人「本当に。」

店員「どうして?」

凡人「どうして,って…。」

店員「夢が無かったの?何も?」

凡人「違うよ。そういう意味じゃない。」

店員「じゃあ,どういう意味?」

凡人「…あの頃,僕はただ,何にでもなれる,って思っていた。なろうと思えば何でもな

   れる,何でも出来る,って。だから早くから特に,何かになりたい,とは思わなか

   った。」

 間。

凡人「ずっとそう思ってた」

店員「でも,でも,実際…。」

凡人「分かってるよ。残念ながら,僕の何にでもなれるという夢は地球の終焉を知ると同

   時に,大半が壊れてしまった。

店員「大半?」

凡人「そう,大半。」

店員「じゃあ何が残ってるの?」

凡人「…君に初めて会った時,僕は君と一緒にいられたらどんなにいいだろう,と思っ 

   た。例えその為に地球が終わってしまおうとも構わない,とさえ思った。それが僕

   の夢の一つだった。だから先に地球が後一年で終わってしまう事を知った時,僕は

   逡巡無く君と一緒にいたい,と思った。そして僕は君に告白して,その夢は壊れる

   事無く残った。…そして,」

店員「そして?」

凡人「…今,僕と君はここにいる。夢は叶った。」

 間。

凡人「そう,僕の夢は叶ったんだ。」

店員「…。」

凡人「どうかな。何か間違ってる?」

店員「…ううん。」

 凡人,店員,寄り添う。一場と同じ風に見せられると良い。

 オープニングと同じ音楽。

 暗転。

 

 携帯に着信音。

 終。

 

2000/01/24

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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