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ジャム

 どうやら僕は死ぬべきらしい。

 自宅から最も近いコンビニエンスストア『ジャム』で僕は『少年サンデー』を一通り読み終えた。『ジャム』は関西でも京都府の一部と兵庫県の北の方にだけ展開している小規模チェーンだ。一方の『少年サンデー』には「名探偵コナン」等、この年になっても読むに耐えうる少年マンガを多数掲載しているマンガ雑誌である。六時前だというのに外は既に薄暗く、例年通り秋をあっという間に通り越し、冬の気配が忍び寄っていた。僕はスナック菓子のコーナーへと移り、一通り新製品を眺めた後、新しいポテトチップス「セロリマヨネーズ」を棚から手にとり、二秒眺めた末、再び棚に戻した。ついで慣性の従うままにお弁当のコーナーとその対面のパンのコーナーをぐるりと見渡した。二十歳過ぎと見える綺麗なお姉さんがカレーパンを四つ手に取っていた。目を凝らしてみると、街は実に多くの「何故」で構成されている。僕がその事に初めて気付いたのは中学二年の時で、その日の夜は興奮のあまり太陽が昇るまで眠れなかった。しかし、結果はこの時点で既に与えられていた、と今なら考える事が出来る。というのも、あれだけ興奮していたというのに、言い換えれば、僕は太陽が昇ってまもなくする頃には確かに眠っていた。だから、世界に「何故」がどれだけあろうとも、それが自分自身にとって何の刺激でも無くなる日が来る事も、また同じ様に確かな事だった、と今になってみて、僕はそう思う。

 

 何度も僕は考え直したが、答えはいつも同じだった。

 僕はゆっくりと意志の赴くままに歩いて、再び雑誌コーナーに戻ると『少年マガジン』を読み始めた。水曜日と晴れの日は、僕を幸せにしてくれる。そう思って僕は外の景色に目をやると、ぽつぽつと雨が降り始めていた。傘は持っていない。だいたい外出中に雨が降り始めてきた時に、傘を持っていたためしがない。傘を持っていると、雨は降らない。マーフィの法則。いつの間にか笑えなくなった一つの法則に今にも殺されそうだったので、僕はぎゅっと目を閉じて、開いてから、雨を気にせずに『少年マガジン』を再び読み始めた。そして、僕が『少年マガジン』を読み終える頃、いよいよ雨は嵐へと変わろうとしていた。

 

 どうやら僕は死ぬべきらしい。

 いつの間にか、隣に一組のカップルがいた。近くにある公立高校の制服を着たその二人は、思い切り悪い間合いで雨に降られたらしく、体中ずぶ濡れ、足下には小さな水たまりが出来ている程で、レジで大量に買い物を試みる中年女性の相手をしている眼鏡の店員はしきりに二人を見ては露骨に気分の悪い表情を見せつける様に送っていた。しかし二人は気にせず、男は『週刊宝石』を、女は『週刊アスキー』を読んでいた。何故。恋仲かしら、と僕は思ったが、生憎正面から聞く訳にもいかず、しかし否定した難い年少者への好奇心というやつは意外に強く、さっき読み終えたはずの『少年サンデー』を再び手に取っては読むふりをしつつ、何となく二人を盗み見たり、男がこちらを向くと慌てて外に目をやって感慨深げに大雨を見る様子を演じてみたりしていると、僕の心を読みとったか、女が「止みそうにないね」と言った。男は「うん」と答えた。続いて「私帰るわ」と女が言った。男は「そう」と答えた。女「じゃ」男「うん」そうして、女は嵐の中に出陣するや、走って何処かへと消え去っていった。方や男は見送るでもなく、『週刊宝石』を読み続けていた。恋仲だったのかしら。謎は、深まるばかりで、決して答えを見せない。

 

 最も、死にたいと思ったのはこれが初めてではない。

 隣の男は相変わらず『週刊宝石』を読んでいる。「どうして『週刊宝石』なの?何が載ってるの?」思い切って声をかけると、男は臭いものに蓋をする目つきで一秒弱僕を見、何事も無かった様に再び手元の週刊誌へと視線を戻したので、僕は何となく強い屈辱を味わったのだが、根気よく再び「どうして『週刊宝石』なの?何が載ってるの?」と、先より少し大きな声で、一字一句丁寧に言うと、男は一つ溜め息をついた後、例の目つきで「あんた誰?」と言ったので、僕は押さえきれず彼の頭を両手で掴むと、「小学校の国語教育でもっと真面目に教えるべき課題の一つに質問に対応した答えをする、というのがあると僕は常々思っているんだけれども君はそのあたりどう思う?」と冷静に考えればこれもまた質問に対応した答えではない返事を冷静でないのだから仕方なく言いつつ、彼の頭と僕の頭をごつんごつんごつんと文節に合う様に十七回ぶつけあった。何回目かの頭突きがうっかり彼の鼻に当たり、彼は鼻血を流し始めると、眼鏡の店員はようやく中年女性の会計を済ませこちらに走り寄ってきた所で僕の想像力は限界をきたし、あまり良い未来が待っているとも思えないので、やはり声をかけるのはやめて、ぐっと欲望を飲み込むと、流石の僕も少し店員に悪いと思ったのか、鳥ガラ味の『カップヌードル』を一つ買って、『ジャム』を出た。いつの間にか外は晴れ渡っていて、綺麗な虹が見えた、という事はもちろん無く、大雨が続いていた。

 

 そうそう、死のうと思ったんだ。

 しかしいつの間にか『カップヌードル』を買ってしまっていたので、僕はとりあえず家に帰ってこれを食べるまで、死を先延ばしする事にした。

 

2000

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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