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ゲームのない日

 朝起きると、ちょうど息子が着替えをはじめているところだった。「おはよう」と私は言う。「起きるの、パパが一番遅かったよ」そう言って子供は笑う。まだ小学一年生だというのに、すっかり大人きどりで得意気だ。私は枕元に置いていたスマートフォンに目をやった。午前八時、五分すぎ。今月最初の日曜日。

 

「早く着替えたら? もうこっちは着替え終わっちゃうよ」と子供はくすくす笑いながら言う。私はハッとして子供の口をふさぐ。今日は第一日曜日、ノーゲームデー。あらゆるゲームが禁止される日だ。デジタルゲーム、アナログゲーム、どのようなゲームであるかは関係ない。気付けば、ゲームと考えられるすべてのものが許されなくなった。たとえば、誰かとの競争などは、他人に見つかればいつ告発されてもおかしくない。私は子供に言って聞かせる。

 

 キッチンに行くと、妻はすでに朝ごはんをあらかたテーブルの上に並べはじめている。料理の腕には自信のある彼女だが、今日はあまり元気がない。「おはよう」と私は言う。「おはよう。ごはんのことはなにも言わないで」妻は言う。「橋内さんの家、旦那さんがシェフでしょう。それで先月、朝からメニューに力を入れすぎたら、告発されたんですって。華美な料理は、もはや……その……」それもゲームだ、と。そうかもしれない。

 

 幸い、妻の料理はそれでも美味しかった。息子はあっという間に平らげ、言う。「これから三上の家まで遊びに」そして息子は慌てて言い直す。「友達の家まで行ってきてもいい?」私は妻と視線を交わす。「あまり感心しないな」私はそう言わざるをえない。「子供だけで集まって、なにをするのか」

 

 息子は首を振って言う。「大丈夫、なにもしないよ。せいぜい一緒にテレビを見たりするだけ……それも……ええと、ぼんやりして……考えたりはしない……おもちゃを使ったり、楽器を弾いたり、なにか競争とか、ものまねとか、そういうこともしないから……」そう言って、こちらを見る。「あなた、連れて行ってあげたら?」妻が言う。「そうしようか」私は頷く。

 

「ついでに、牛乳を買って来てくれない?」妻はそう言って我々を送り出す。外は晴天で、息子は早くも走り出している。「ゆっくり歩くぞ」私はそう言う。「こっちの道のほうが近いよ。コンビニもあるし」息子は言う。「巡回セールスマン問題」私は呟く。パズルはゲームか? もちろんそうだろう。ではアルゴリズム自体はゲームになるのか? 私は息子になにも言わず、遠回りの道を選ぶ。

 

 重要なのは、考えないということだ。人間は考えると、すぐにゲームにしてしまう。目的地まで歩くのにどのルートが最短か、缶コーヒーを買うのに手持ちのどの硬貨を自販機に投入すれば一番お釣りが少なくなるか、コンビニで新作おにぎりをPRするアイドルは10点満点で何点くらいの美人か、横断歩道の白い部分だけ歩く、いますれ違った中年男性はなんだか親友が昔に飼ってた犬とそっくりだ、先週から右の奥歯のあたりが腫れているのを舌で舐めて確かめる。

 

 両足を右、左、右、左と交互に出す。リズムに乗ってはだめだ。

 

「パパ、あれ」と子供が声をあげる。公園で、息子と同じ年くらいの子供が、若い女性と携帯型の……ゲーム端末を一緒に覗きこんでいる。「あれが三上、とお母さん」息子はきまりが悪そうに言う。「あの子と友達なのか」私は言う。「うん……その……クラスみんなの友達だけど」息子は答える。私はなるほどと思い、ゲーム端末に夢中の二人に近付く。

 

「おはようございます」私が声をかけると、女性は驚いたようにこちらを見て、しかしすぐに笑顔を返す。「どうも、おはようございます」「うちの息子と同級生とか」息子は少し離れたところで手を振っている。「あ、それはどうも」彼女は笑みを絶やさない。しかしその子供はゲームに夢中で、顔を上げることもしない。

 

「失礼ですが、それは?」私はゲーム端末を指差す。情けないことに、指先はすこし震えている。「ああ、去年のクリスマスに夫が買ったんです。いや、もちろん違法ですよ、それくらい分かってます」彼女はそう言うとわざとらしく咳をして、さらに続ける。「でも、これは英語学習のソフトなんですよ。英単語の穴埋めとか。いまは小学校でも語学教育があると聞いて、どうもうちの子は出遅れてるようですから、こう一緒に特訓してるんです」

 

「だからと言って、こんな人の目につくようなところで」私は言う。「家のネットワークから繋げると、ゲームで遊んでいるってすぐにバレちゃうでしょう」彼女は悪びれずに言う。そして公園の向かいのコンビニを指す。「ここなら、あそこの公衆無線LANに繋がるんです。まあ、全部これは夫の受け売りですけど」「それでも」「ええ、違法は違法ですからね。でも罰金刑だけですから、それより子供が賢くなってもらえれば」そう言われると、返す言葉が見つからなかった。こうして会話でやり込められるのはゲームだろうか。

 

 会話に疲れたのか、朝の強い日差しのせいか、すこし眩暈がした。眩暈は遊びだと言ったのは誰だったか? いや、これは立派なクイズゲームだ。「終わったよ、レベル3」ゲームに夢中だった子供が顔を上げ、ようやくこちらに気付く。「良く出来ました」と彼女は子供の頭を撫でる。そしてこちらを振り向き「せっかくですから、家でお茶でもどうですか? ちょうど夫が出張中で、私も子供も退屈してますし」「いや、それは」私は言う。それでは、会話を楽しみすぎてしまうかもしれない。「またお会いしましょう、土曜日か、別の日曜日にでも」私はそう言って、息子の手を引いて公園から離れる。

 

「三上の家に行きたかったのに」帰り道、息子は呟く。「そうだな」と私は言う。「あの英語ゲームをやりたかったのか」私がそう言うと、息子は小さく頷く。「対戦ができるんだよ」息子はそう言う。「彼と遊ぶのはやめたほうがいい」息子は答えない。「ゲーム脳というのがあるんだよ。ゲームばかりやりすぎると……脳が……なにかに集中したような状態になる」「集中しちゃいけないの? いつも勉強に集中しろって言うけど、勉強はゲーム?」「因果関係がごちゃごちゃになってるぞ」「因果関係って?」「……明日話そう」

 

 世の親たちはこの日曜日をどう過ごしているのだろうか。読書をしろ、と学校の担任は言っていた。おかげで駅前の書店や図書館は大繁盛で、いまや売れ残りの本ばかり。売れ残りから面白い本を探すと息巻いていた親子が、先日告発されていた。「牛乳は!?」息子が言う。「いいさ」私は言う。なにがフラグだと見なされるか、分かったもんじゃない。

 

 家に戻ると、妻は台所のテーブルに伏したまま寝ていた。「先々週もこうして寝ていた気がする」私たちが帰宅したのを見て、彼女は気だるく言う。「睡眠記録を作らないようにしろよ」私は軽口を叩いてみたが、妻はなにも返さない。「これからどうするの。まだ十時だけど」息子が言う。「家族団欒の時間だよ」私は言う。「団欒って?」妻がすかさず尋ねる。「さあ……それを考えるのが……いや、考えずに……」私は言葉を探し、結局テレビを点ける。

 

 妻と息子は安心したように、なにかのコマーシャルを見ている。あと何時間こうして過ごせばいいんだろう、いや、つまり、そうは考えずに……。

 

2015/01/27 - 2015/01/28

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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