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食べられログ

 二日酔いの朝、スマートフォンをチェックしたら、食べられログからの通知があった。昨日の居酒屋からの評価だった。細かく読まなくても分かる。「★★☆☆☆」、星ふたつだ。これで点数はまた下がった。2.57。それが僕の客としての点数だ。2点台に落ち込んで、もう半年が経つ。

 

 夏のはじめに、恋人と別れた。いや、春の終わりに別れたというべきか。大学時代からの付き合いだったが、五月の終わりから突然連絡がとれなくなり、一月ほど後にようやく電話が繋がったときには、もう新しい男と同棲をはじめていた。「どう話すか迷っていたの」と彼女は言った。「普通に話をしてくれれば良かったんだよ」と僕は言った。

 

 会社までの通勤電車の中で、僕は自分に対する星ふたつのレビューを読んだ。

 

「★★☆☆☆:四名での予約でしたが、五分遅れて来店されたのは三人だけでした。注文内容は普通で、一度店員が注文を聞き返したところ、お連れの方が大声で言い返されたので驚きました。ご本人は特に目立つところなく、言い換えれば可もなく不可もないお客さまでしたが、終始ビールばかり注文されていたのが心配です」

 

 レビューはまだ続いていたが、僕は読むのをやめた。急な商談のせいでドタキャンをしたのは、僕じゃなくて同僚の田村だ。烏龍茶と烏龍ハイを聞き間違えたのは店員で、それを指摘したのは酔うといつも声がでかくなる村瀬だ。そして僕は確かにビールばかり飲んでいた。それがふたつ星に値する理由なのだろうか?

 

 昔はこうではなかった。恋人と別れて落ち込んでいたころ、先輩が景気付けにとフランス料理の名店に連れて行ってくれた。先輩がいつも自慢する彼女と、それ以上に美人なその友達が一緒だった。僕はそこで舞い上がり、酒に強い先輩と合わせるようにワインを飲みすぎて、気付いたら店の真ん中で吐いてしまった。そして僕に星ひとつが与えられた。3.32あった僕の点数は2.75まで急降下した。

 

 食べられログの点数はすべての店からの評価の平均ではなく、信頼ある店からの評価が重み付けされる。フランス料理の名店を敵に回して、僕の評価は地に落ちた。それはただの星ひとつではなく、権威ある者からの星ひとつだったのだ。まさか、そこからさらに点数が下がるとは思っていなかったけど。

 

 2点台に落ちて、色々なことが分かった。まず、店の予約がとれなくなった。宴会にも呼ばれなくなった。2点台の人間は多くの店が敬遠するし、宴会の参加者全員に3点以上を求める店も少なくなかった。ようやく入れた店では、些細なことで批判され、粗探しをされた。ちょうど今もらったレビューのように。おかげで僕の点数はじりじりと下がり続けた。

 

 誰でも入れるような店で大人しく食事をすることはあったが、そういう店は食べられログのことなど知らなかった。食べられログで活発な、それでいてどんな点数の客も拒まない店を探して、遠出することが増えた。評価を気にせず騒ぎ立てる団体客に囲まれながら大人しく食事を済ませて、望み通りの星いつつレビューを貰うこともあった。しかし重み付けシステムのせいで、そんな安い星いつつでは、僕の点数はまったく上がらなかった。

 

 美味しいレストランに招待することもできないかと思うと、新しい恋人を探す気力も湧いてこなかった。先輩が連れてきてくれた美女とはあれ以来会っていない。彼女が、その場に一緒にいたという理由だけで星ひとつのレビューを貰っていないかだけが心配だったが、そのことを確認する勇気もなかった。

 

 結局、僕はレビューを買った。ネットで見つけた業者に二万円を振り込むと、聞いたことのない店から星いつつ、星よっつのレビューが数々届きはじめた。時間通りに入店されました、言葉遣いの丁寧な方です、残さず食事をされました、同行の方もたいへん行き届いたお客様でした。僕の点数は二週間で3.17まで回復した。しかしその二週間後には、多くのレビューが、送ってきた店の情報ごと食べられログから消えた。レビュースパムと判別されたようだった。業者とは連絡がつかず、二万円も帰ってこなかった。

 

 それでも、点数は3.02を維持していた。消されずに残ったレビューが貢献したのか、それとも点数を計算する仕組みに不具合でもあったのか。ともあれ僕は3点台に戻ったのだった。僕は3点そこそこで入れる中では最も評判の良いイタリアンレストランを予約して、後輩の女性を誘った。

 

 いつもなら予約の際、電話口の名前を告げると、向こうが食べられログをチェックするためにキーボードを叩く音が聞こえて、こう言われる。「失礼ですがお客様、食べられログの点数は何点でしょうか?」しかし今回はただこう言われただけだった。「金曜日の七時ですね、お待ちしております」

 

 料理は美味しかった。これが3点台を取り戻した人間が味わえる料理、3点の味なのだ。僕はまたしこたまワインを飲んで、その味を楽しんだ。「一体、どうかしたんですか」と後輩は言った。僕は自分の身に起きたことを説明した。すると後輩は笑ってこう言った。

 

「食べられログですか? もう点数なんて最近はどのお店も気にしてないと思いますよ。だって、誰がいい客かどうかなんて、店それぞれの考えだし。それよりもいまはHungrylyっていうのがあって、Hungryly、ご存知ですか? 店じゃなくて、シェフをフォローできるんです。だってお店ってすぐに潰れたり、シェフが替わって味も変わったりするでしょう。だから美味しいレストランがあったら、そこのシェフをHungrylyでフォローして、シェフのほうも常連になって欲しい客をフォローし返すんです。私もこの二月で30人くらいフォローして、20人くらいにフォローされていて、さっきここで飲んでるってチェックインしたから、もう近くのバーのマスターから誘われてるんです。今なら奥のいい席がまだ空いてるって。だからすみませんけど、今日はそろそろ行きますね」

 

2014/12/08 - 2015/01/18

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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