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美女の殺人

 玄関に置いてあったビニール傘で、私は彼を突き刺した。私はよほど怒っていたのだと思う。安物の傘が、先端の一部だけとは言え彼の胸にめり込んだのだから。それから私は下駄箱の上にあったデジタル一眼レフを掴み、うずくまる彼の後頭部に振り下ろした。殺すつもりはなかったと多くの殺人犯は言うが、私もちょうどそんな気分だった。

 

 歩いて自宅に戻ったら、ニュース番組はすでに彼のマンションを映し出していた。日本の警察はなんて優秀なんだろうと思ったが、もちろんそんなことはなく、よくよく聞いてみると、同じマンションで女子大生が殺害されたという話だった。まだ若いが(女子大生なのだから当たり前だが)、それほど魅力的とは言えない容姿の女性だった。

 

 容疑者として浮上しているのは、現場を足早に立ち去った黒いスーツを着た中年女性ということで、これはもう、私のことであった。誰でも15分だけは有名になれると、アンディー・ウォーホールは言った。ニュース番組は座薬のコマーシャルに移った。

 

 彼の死は遅れて翌朝のニュースになった。予想通り、彼の家を訪れた婚約者が、1800万画素ぶん後頭部の凹んだ男を発見したのだ。彼女の涙はお茶の間で繰り返し流され、私もあのイニシャルネックレスは品が良いと思った。写真でしか知らなかった男の婚約者を実際に見るのはこれが初めてだったが、よく考えればまだ実際には見ていなかった。

 

 私は黒のスーツを着るのをやめて、マスコミは同じマンションで起きた連続殺人事件だと騒ぎたてた。私は別の男性と付き合いはじめ、消費税が上がった。

 

 自分は殺人を犯したのだという意識がちょうど消えかかったころ、警察は真犯人を逮捕した。それは件の美人婚約者で、彼女は男の浮気を知り、まず浮気相手であった女子大生を包丁で刺し殺したあと、その足で同じマンションに住む男を訪れ、言い訳を許す間もなくデジタル一眼レフで殴り殺したのだ。

 

 女は以上のすべてを自白し、警察とマスコミはそのすべてを事実として受け止めた。誰も黒いスーツを着た中年女性のことなど思い出しはしなかった。美人婚約者は、今では浮気男に人生を台無しにされた悲劇のヒロインということになり、一緒に殺されたブサイクのことは、もはや誰も気に留めようとしなかった。世の中は不条理だ、と私は思って、取っておいたビニール傘を燃えるゴミに捨ててやった。

 

2014/04/16 - 2014/05/01

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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