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全てが上に落ちて行く

全てが上に落ちて行く様な気分。そう彼は言った。雨が降ってきた。重力、という概念を初めて知った頃、自分が何かに引っ張られて生きている、という事に漠然とした恐怖を覚えたのを思い出す。カバンの中には折り畳み傘と、キャップが入っている。まだ小降り。僕はキャップをかぶった。彼は折り畳み傘をカバンから出した。

 

信号が目の前で点滅し始めたので止まった。自分の手の中に全てがあった頃。僕がそんな話をすると彼は笑った。急いで渡ろうとするサラリーマン。重力がいつも邪魔をする。何もかもが手の中にあったのに、何もかもに手が届いたのに、いつの間にか全て消えた。全部上の方に落ちていってる。また彼は言った。自分が重力に縛られているのか、他の全てが上の方に落ちているのか、どちらと思うかは好みの問題だと。信号が青に変わった。

 

ある日、自分にかかる重力が天頂方向に向かいだす。そんな夢を見た事がある。天井に座ってご飯を食べる。風呂やトイレは全て作り替え。車に乗るのも命懸けだった。本屋に入って、雑誌を買った。お金があれば手は長くなる。そう言うと彼は黙ったままで、何も答えなかった。本屋を出ると雨は強くなっていた。

 

雨は下に落ちてくるから、味方かもしれないな。彼は言った。全てが上に落ちて行く。僕は机に上ってジャンプをするも、それはもう天井より上に落ちて行ってしまって届かない。ジャンプするしかないのかな、と僕が聞くと、それでも大抵はダメさ、と彼は答えた。雨は更に強くなっていた。それでも大抵はダメなんだから。どうせ全ては上に落ちて行くんだから。

 

重力に引っ張られる。毎朝目が覚めてから毎晩眠るまで。ジャンプしたって落ちてくる。ジャンプってそういうもんさ、と彼は笑った。それでもジャンプするヤツがいたり、何もしないで蜘蛛の糸を待つヤツがいたり。結果的には変わらないんだから、それも好みの問題だろう。でも時々ジャンプしたりしない?そう聞くと彼は笑って、しないね、と言った。どうせ無駄だから。彼が傘をたたんだ。雨は止んでいた。

 

1998/09/21

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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