全部これが夢だって事ぐらいは僕だって気付いてるけど、それでも僕は手を離せないでいるのは、ひょっとしたらむこうの方が夢だったんじゃないかって、どこかで信じたがっている僕がいるからだ。目覚めたその瞬間に失われた手の温もりは、夢の外では形容する事が出来なくて、何よりそのもどかしさに苛立つ。そこには空気が存在して、言葉では伝わらない何かがそのまま敏感に届くから、目を閉じればそのまま眠ってしまいそうな甘い夢の中なのに、全ての感覚が張り詰めたまま、心臓の鼓動までも指先に伝わってきて、小さなグラスの中の氷がゆるやかに溶けていく様に、体という認識が頭から消えていく。瞼の裏に浮かぶ夢は、例えば逃避なんかじゃなくて、それがそこにあったという記憶そのものだから、その夢はキスの跡と一緒で決して消える事無く、ただ続きを待って、夢はまた繰り返される。
1998/09/13
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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全てが上に落ちて行く
全てが上に落ちて行く様な気分。そう彼は言った。雨が降ってきた。重力、という概念を初めて知った頃、自分が何かに引っ張られて生きている、という事に漠然とした恐怖を覚えたのを思い出す。カバンの中には折り畳み傘と、キャップが入っている。まだ小降り。僕はキャップをかぶった。彼は折り畳み傘をカバンから出した。……
犬と猫
帰り道、犬がいた。白い小犬。家では飼えないし、詳しい種類とかは知らないけど、僕は犬が好きだったから、近寄ってみた。赤い首輪をしていた。迷子になったのかな、と思った。背中を撫でると、気持ち良さそうに道路にへたりこんだ。僕は少しの間、背中を撫で続けた。……
電球
時々、生きている事が嫌になる。でも、時々だ。毎日って訳じゃない。……
博物館
彼女は、博物館の案内の様な仕事をしている。様な、というのは僕はさほど彼女の仕事について詳しくないし、彼女自身あまりその仕事が好きでは無いらしく、仕事についてあまり話してくれなかったので。とりあえず重要なのは、彼女は博物館で仕事をしていた、という事だ。……