彼女は、博物館の案内の様な仕事をしている。様な、というのは僕はさほど彼女の仕事について詳しくないし、彼女自身あまりその仕事が好きでは無いらしく、仕事についてあまり話してくれなかったので。とりあえず重要なのは、彼女は博物館で仕事をしていた、という事だ。
わりと大きな博物館で案内の仕事をしているとそうなるのか、あるいはそうだからわりと大きな博物館で案内の仕事が出来るのか、どちらかは結局分からなかったが、彼女は色々な事をよくに知っていた。そして彼女はいかにもつまらなそうな感じで、僕に色々な事を話してくれた。例えば、オビラプトルという卵泥棒の恐竜についての話。レストランで何のかよく分からない卵の料理が出てきた時に、彼女が唐突に喋り出した話だったが それは僕にとってかなりエキサイティングな話だった。しかし、僕がどれだけ興奮しようと彼女はまるでつまらなさそうに話を続けるだけだった。恐竜がどうしたの?もうみんな死んじゃったじゃない。彼女はそう言いたそうだった。彼女は博物館を案内するだけなのだ。
一度だけ、僕はこっそり彼女が働く博物館に何食わぬ顔で遊びに行った事がある。僕が彼女と付き合い始めた時、彼女が僕に一つだけ絶対に守る様に言われたのが、博物館には来るな、という事だった。僕はそれを何かの照れ隠しの様なものだと理解していた。だから、たまたまその博物館の近くで仕事があった時、少し暇を見つけて遊びに行ってみた。彼女に会わなければ会わないで良かったが、彼女は入ってすぐの受付にいた。彼女は僕の顔を見るなり、顔を引きつらせた。そのあまりの変化に僕は驚きつつも、何とか僕は言った。いいじゃないか、別に照れる様な事じゃないし、良く似合ってるよ。
彼女は最後に言った。博物館に属しているという事について。みんな、何か確かなものを求めて博物館にやって来る。私はそれに答えて何か確かな事を言う。私は全然確かじゃないのに。そこにいて、博物館の一部になる。恐竜の骨みたいな存在の仕方をする自分。それが楽しいのかしら?みんな確かに生きているのかしら?恐竜の骨が生きているのか、みんなもう死んじゃっているのか。結局私は分からなかった。
博物館で彼女と会った日の夜、彼女は電話でそんな事を言った。次の日、彼女の家を訪れると、既に彼女は博物館に相応しい状態になっていた。
1998/08/12
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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