曇り空となった7/21の土曜日、恵比寿現代美術館を訪れた。昨年夏の開館以来、刺激的な、しばしば挑発的なプログラムを次々と企画し、若手芸術家のショーケースとして我々を楽しませてくれている同美術館であるが、今回の「ストーカー・アートの今日」展は、同美術館が二年目にしてさらなる未踏の地へ踏み出す、大きな一歩を示していると言えるだろう。
「ストーカー・アートの今日」展は安藤拓也など、既に同美術館で成功を収めた七組の気鋭作家による競演となっているが、中心となるのは昨年末「私」展で「ストーカー=情熱」と題した衝撃のポートレート・コラージュを発表し、一躍ストーカー・アートの第一人者となった写真家、中野衛であろう。中野は本展のディレクションも務めており、安藤によればその指示は「頭にくるくらい細かい」ものであったという。恵比寿現代美術館らしからぬポップな本展のロゴやカタログも全て中野の制作によるものである。実質的に本展は、中野の提唱するストーカー・アートの題目に若手作家たちが挑戦したと見るべきであろう。
お馴染となった狭い入口を抜けると、正面に女の絵が待ち構えている。本展は美濃部佳祐による七枚の絵画「マイ・ガールズ」により幕を開けるのである。いずれも特徴のない女性を描いたものだが、彼らしい鋭利なタッチにより、滑稽なほど緊張感が張り詰めている。そして、余白には名前、生年月日、血液型、携帯電話の番号が書き込まれている。美濃部はそれぞれのモデルの有無、そして携帯電話番号がどこへ繋がるのか、明らかにしていない。
(追記:本作品は二日目より、名前と携帯電話番号を白塗りした「検閲版」として展示されている。現在のところ、美術館、作家共にその理由を公表していない)
次に現れるのは本美術館の設計にも関わったお馴染の建築家、安藤拓也による「わたしとあなたの家」である。部屋いっぱいに作られたその建物は、外見こそ二階建の小さなコンテナであるが、中はガラス、鏡、マジックミラーを多用し、どこへいても常に互いの視線を感じるように設計されている。安藤の最近の傾向である「住まない家」をストーカー・アートに適応させたものであると言えるだろう。コンセプトに驚きは少ないが、居心地のひどさは彼にしか出来ない「味」であり、一度は試す価値がある。
多和田慶太のインスタレーション「searchin' for the real one」は、自演作家の面目躍如と言うべき作品である。部屋の四隅には一つずつ液晶ディスプレイが置かれており、それぞれが美術館近辺を歩く四人の「アバター」の視界、具体的には頭部に備えられたビデオカメラの映像を、表示している。観客はディスプレイ横に備えられたジョイスティックを用いて対応する「アバター」を動かし、どこかに隠れている多和田を探し出す、という趣向である。いわば鬼ごっこゲームであるが、我々が単純なゲームとして楽しむ一方、美術館近辺では「アバター」が実際に歩き回っているわけであり、そのギャップが可笑しい。個々の「アバター」は多和田自身の手で、多和田本人の醜悪なレプリカとしてデザインされており、思わず「アバター」同士で捕まえてしまうこともしばしばであった。帰り道、無秩序に走り回されている「アバター」を見ることで二度楽しめる作品だろう。
また、この部屋ではwkbaの二人による音楽「97」が大音量で流されている。「97」は呼吸音と叫び声のコラージュによって作られたダンス・ミュージックであり、絶え間ない絶叫が繰り返される一方で、ポップと呼べる範疇に収まっているのは流石である。
(追記:wkbaの公式サイトによると「97」は彼らが敬愛する女性アーティスト97人の声を切り刻み、サンプリングしたものであるとのこと。彼らの歪んだ愛情が示されていると言えるだろう。使用許可を得ていないこともあり、サンプリング元は不明のままである)
本展に参加した唯一の女性である美馬りかは、彫像を多種の光で照らす得意の手法で「とどかない」を完成させた。「とどかない」は鉄パイプと針金で不器用に作られた二メートルあまりの男性像であり、青と白の光が交互に彼の背中を照らして、見事な陰影を作り出している。さらに美馬は彫像の周囲に木製のレールをはり巡らせており、その上を赤色に塗られたテニスボールがなめらかに滑り落ちていく。ボールは長い行程を経て床まで辿り着いたあと、ベルトコンベアでまた最上部へ拾い上げられる。もちろんボールの行く手は同じである。悪い夢に出てきそうなこの作品は、これまで以上に美馬の内面を示したものとして、私のお気に入りである。
中野を除いて、おそらく最もストーカー・アートに真正面から取り組んだのは、鳩麦による「ストーカーの一日」だろう。ある中年ストーカーの一日を、隠しカメラで撮影したという設定の、二十分のビデオ作品である。あれこれとストーキングを企みながらことごとく失敗していく様はコメディとして十分に成立しているが、勘の良い人はこれが「ストーカーのストーカー」であり、悪趣味に失敗を笑うという行為そのものがストーキングであることをすぐに読み取れるだろう。鳩麦はその意味を十分に仄めかしたあと、衝撃的な結末で本作品を終わらせる。ぜひ時間に余裕を持ってご覧頂きたい。
締めを飾るのは、もちろん中野衛である。彼の作品「ストーカー=情熱=芸術」は名前の通り「ストーカー=情熱」の延長線上にあり、意外性には乏しい。ただし、前回は同一女性、二百枚の写真のコラージュによって構成されていたが、今回は各四百枚の十人分、計四千枚で構成されている。四面の壁すべてを埋め尽くす写真にはただただ圧倒されるだろう。もちろん、一つとして同じものはなく、格好や場所さえ異なっている。中野は「本展にあたり、許可を頂いた十名分を展示した」と語っている。つまり許可を得られなかった写真がまだあるということである。ある日突然、隠し撮りされた二百枚の写真と共に展示許可を迫られたモデルの身になって考えると、実に恐ろしい。壮大にして王道、まさにストーカー・アートの代表者に相応しい作品と言えるだろう。
「ストーカー・アートの今日」展は以上のようにバラエティに富んだ作品が一同に介した展覧会である。昨日では存在し得なかった、そして明日に存在し得るか分からない作品たちであるが、それ故に今ここで観賞しておくべきと言えるだろう。水曜休館、8/18(土)まで。
2007/07/24 - 2007/07/30
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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