俺がはじめて忖度したのは、17歳の夏のことだった。相手は部活の先輩で、夏休みの長い練習が終わって、ファミレスに行く流れ。でも他のメンバーは途中で帰ってしまい、店で二人きりになった。ミラノ風カルボナーラを食べながら、彼女は自分が住んでいる地域の話をした。ずっと工場地帯だったが、あるとき忖度されてマンションばかり立ち並ぶようになったという。
「家、見に来る?」と彼女は言った。はじめての忖度はあっという間に終わり、あたりは再び工場跡地に戻った。彼女は笑って済ませた。彼女にとってもはじめての忖度だったのかは、分からないままだった。
それから十年が経ち、俺は電器メーカーに就職し、いっぱしの忖度使いになっていた。同期よりも大きい仕事を任され、難しい契約を魔法のように次々とまとめた。そして俺は大型の企業買収を成立させたが、結果的にこれは大損に繋がった。相手に、逆忖度の使い手がいたのだ。それは十年ぶりに会った、あの部活の先輩だった。彼女はその会社に価値がないことを知っていて、俺達の会社に押しつけ、巨額の報酬を得ていたのだ。
「あなたの忖度ってぜんぜん変わってないね」と彼女は言った。気付けば、俺達の会社は中国のライバルメーカーに買収され、立派な本社ビルは中国人が指揮する一工場になっていた。「忖度の意味が分かっていなかった」と俺が呟くと、彼女は昔と変わらぬ顔で微笑んだ。
2017/03/28
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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