歩きスマホはやめろとか言ってもいまさら無駄だよね、と携帯電話メーカー各社は方針を変え、スマートフォンには今まで以上にたくさんのセンサが埋め込まれるようになった。これでスマホを見ながら歩いても、近くの障害物を検知して、警告を表示してくれるのだ。
はじめは素朴なシステムだった。右から人がやってきます。左前から三人組が歩いてきます。左に一歩寄りましょうか、そうそうそんな感じ。もうちょっとゆっくり歩かないと前の子連れにぶつかりますよ。後ろにいるの先輩の中村さんじゃないですか?(隠れます?)
でも僕達はネットを見たり、ゲームをしたりするためにスマホの画面を見て歩いているのだ。センサの警告ばかり見せられては本末転倒である。だから警告は、ささやかなスマホの振動に置き換えられた。ブッとスマホの左側が振動したら、左に一歩寄る。右側が振動したら、もちろん右。振動の強さやパターンで、歩きかたが決まる。複雑に聞こえるかもしれないけど、慣れればフリック操作みたいに簡単だ。
そうやって僕達は、歩きスマホを習熟した。もう画面から顔を上げる必要はなくなった。色々あって、充電はめちゃくちゃ長持ちするようになったから、朝起きたらスマホを手にして、夜寝るときにスマホを置けばいいだけだった。スマホは近くのスマホとは相互に共鳴し、誰ともぶつからないよう、アルゴリズムがみんなの歩く道をリアルタイムで決めた。
ドアや信号やエレベータを気にすることはなくなった。スマホの言うとおりに歩けば、ゲームをしながら目的地につける。バスや電車に乗っていると意識することさえなかった。座席はお年寄りへ優先的に提供される。痴漢は簡単に捕まった。スマホを見ていないのが痴漢だからだ。
人と会っても目をあわせることがなくなり、チャットで代用できるので、すぐ会う意味さえなくなった。服はなんでも良かったし、髪が重くなったら散髪に行った。食事は一人で済ませるので、食べものはなんでも良かったが、結果的には健康食が流行り、みんな健康になった。みんなよく歩くようになったせいもある。
一部の人達は、スマホを常時持ち歩くなんてナンセンスじゃないかと主張した。歩きスマホ機能を備えたバーチャルリアリティのゴーグルをかわりに装着すれば、両手が空くから便利なのに、と。でも、ゴーグルは流行らなかった。みんなスマホに慣れていたし、片手が空いてれば十分だった。
歩きスマホはそうやってしばらくブームが続いたが、多くのブームと同じように、突然に終わった。あるとき誰かがスマホを落として、何年かぶりに街並みを眺めてみたら、標識も看板もなにもなくなった、まっさらな景色を発見したからだ。その人はそんな街並みを美しいと言い出し、センサーに検知されやすいよう横縞の服を着た人々を機能的だと褒めた。
急速に賛同が広がり、僕達は歩きスマホをやめて、美しい街並や歩く人を眺めるようになった。みんな急に「リアルの人間関係が重要だ」とか言いはじめて、チャットで済む話をわざわざ会って話し、居酒屋で飲みたくもないビールを飲んでは二日酔いになった。
おかげで街には急速に標識や看板が戻り、人々はまた美容とファッションを気にかけるようになった。僕はまだ今のところ手ぶらで鼻歌まじりに街を歩いているけれど、そろそろ歩きスマホに戻ろうかと考えている。
2019/01/14 - 2019/01/15
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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