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終わらないサマータイム

 6月10日に導入されたサマータイムは、国内の各種システムに深刻な障害を与えた。鉄道は止まり、ATMは動かなくなり、コンビニには発注の倍のおにぎりが届いた。

 

 国は非常事態を宣言し、安全のため、障害が解消されるまでカレンダーを進めることを禁止した。つまりその日から、国では毎日が6月10日になった。それはちょうど月曜日で、それからずっと月曜日であった。人々はしばらく働き続け、そのうち曜日に関わらず勝手に休むことを覚えた。

 

 コンピュータをはじめとする各種の時計は、大半がそもそもサマータイム対応を断念していたので、結果的にあるべきであったはずの時刻を示し続けた。コンピュータは7月の到来を告げ、8月、9月となり、夏は去ってまた新しい夏がやって来たが、システム障害はいつまでも解消せず、公的なカレンダーは6月10日から変わらなかった。

 

 人々はサマータイムでの時刻、つまり国の定めた本当の時刻を「リアルタイム」(RT)と呼び、対して各種の時計が指す時刻を「コンピュータータイム」(CT)と呼んだ。「いま何時?」「11時」「それはRT? CT?」といった会話が、しばらくのあいだ続いた。

 

 そのうち、国の方針に反して時を勝手に進めるコンピュータは反政府的と見なされるようになった。コンピュータは次々と壊された。街中の時計も破壊尽くされると、正確なリアルタイムを把握することはできなくなり、それから私達は絶対的な時間というのを失った。ただ朝方、昼、夕暮れと言うだけで、生きるにはそれで十分だった。

 

 国は鎖国を宣言し、私達は時からの自由を喜んだ。

 

 6月10日に子供たちが生まれ、年を取らぬまま老いていった。

 

「冬ってどんな感じだったの?」と孫が言う。曾孫だったかもしれない。冬のことは覚えている。毎日が寒くて、時には雪が降った。「でもそれは夏も同じじゃない」と孫は笑う。この夏はものすごく長く続いているような気もするし、あっという間のような気もするが、まだまだ終わらないことは確かだった。

 

2018/08/13 - 2018/08/14

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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