姉が古い家の前で立往生しているのを、私は新しい家から眺めている。朝の九時。恐ろしいことに、二つの家の間には一本の路地があるだけである。マンションの9階から、私は借金取りが次々と現れては立ち去って行く、古い家を見下ろす。それはちょうど、ビデオテープに録画した過去を再生しているような眺めだ。
借金取りと借金取りの合間を縫って、姉は古い家に現れた。姉は三人姉弟の中で最も幼い。彼女が結婚という言葉を口にした時、最も信じられなかったのは私であった。料理も一つも出来ない姉。母がいなければ朝起きることも出来ない姉。あるいはだからこそ、家庭崩壊を前に、生物学的な鋭さで家を去ったのかもしれない。彼女の幼さを保ち続けることが出来る、新しい家へと。
そう考えると、何でも出来る私がこうして家に残っているのも自然なことではないか。
私は階段を降りて姉に新しい家の所在を伝えても良かったが、もちろんそうしなかった。
「何を見ている?」父がネクタイを締めながら、呑気に言った。
「何でもない」私は笑顔で答えた。
2005/02/24
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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