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俺の死、お前の死

 金曜の夕方、上司から急に声をかけられて会議室に向かう時、俺は自分が昇進するのだろうと思っていた。ここ半年ほどの俺の活躍は、自分で言うのもなんだが目覚ましかった。

 

 俺は長く社内システムの管理を担当していた。そこに生成AIのブームがやってきて、すっかりハマってしまった。家でも職場でもAIの動向を追いかけ、社内でのAIの導入推進も買って出た。

 

 効果は一目瞭然だった。AIが作った数々のダッシュボードのおかげで経営層は現場に明るくなったし、営業と開発の連携は見違えるほど良くなった。AIと業務フローを見直したおかげで事務処理は効率化し、発注や在庫の見落としもなくなった。あまりに仕事がスムーズになって、一部の部署では人手が余るようになり、仕事のなくなった中年からは恨まれる始末だった。

 

 世間ではSaaSの死なんてことが言われていた。俺は別に自分が目立って優秀だと言うつもりはない。ただAIの言うとおりに仕事をしていたら、これだけの成果が出たというだけだ。もしみんなが同じようにAIに頼るようになったら、SaaSも確かに死んでいくのかもしれない。

 

 狭い会議室に入ると、上司は暗い顔をしていた。どうも昇進の話ではないらしい。「どうかしましたか」と俺は言う。

「君には辞めてもらうことになった」上司は言った。古いロボットのような感情のない声だった。

「えっ」俺は思わず声をあげる。「どうして」

「状況は君が一番よく分かっているだろう。君が導入してくれたAIのおかげで仕事はどんどん効率化して、人が余っている。そこで全社的な人員削減を行うことになり、残念なことだが、うちの部署では君が対象となった」

「いやいや、でも、俺がAIのことは一番詳しいですよ」

「そうだろうとも」上司は言う。「それはつまり、AIが一番詳しいのは君の仕事ということだ。君がこの数ヶ月、どのような仕事をどのようにこなしてきたか、AIはもう完全に理解しており、今後は君がいなくても君の仕事を続けられる状態なのだ」

 俺はその口ぶりに気付いて言った。「それはもう、実際にAIが俺の仕事の肩代わりを始めているということですね。俺の知らないところで」

「そうだ」上司は認めた。「分かるだろう。君より優秀だよ」

 

 家に戻ると何もやる気が起きず、惰性でゲームをはじめた。この数年、だいぶハマっているPvPのFPSで、金曜夜は初心者の多い時間帯だ。俺はいつも通り素人どもを蹴散らしていく。

 夜が更けるにあわせて、熟練のプレイヤーだけが残っていく。とはいえ俺の敵ではない。そうしてラウンドを重ねていくが、途中からどうも自分よりレベルの高いプレイヤーがいることに気付く。久々の難敵だ。かなり上手い。

 いや、ただ上手いというのではない。俺が攻め込むと後ろをとり、引くとそこにつけ込んでくる。まるでこちらのスタイルを熟知しているような。

 次第にそいつは他を差し置いて、俺を徹底的にマークするようになる。俺がなにをしても、そいつは見透かしたかのように適切なカウンターを放つ。舐められている。俺はやられる。何度も何度も。

「これチートだろ」と俺は呟く。

 すると驚いたことに、相手は反応する。「チートじゃないよ」それは俺の声にそっくりだ。「君のプレーを学習しただけだ。そして、それを上回るにはどうすればいいかも学習している」

「それがチートだろ。だいたい、どうやってそんなことが出来るんだ」

「在宅勤務の日、君が大胆にも業務時間中にも関わらずゲームをやっていたからだろう。だからAIは君の仕事ぶりだけじゃなく、君のゲームプレイも学習することができた。これはポリシー上、認められていることだ。これまでの成果を君に見せたくなってね。会えて良かったよ」

 

 俺は転職活動をはじめた。しかしAIのせいで採用市場は冷えこんでおり、仕事を見つけるのは難しかった。俺は履歴書でAI導入の実績や、システム管理の経験をアピールしたが、書類で落とされるということが何回も続いた。採用担当者にはどれもAIで置き換えられる仕事に映るようだった。

 ある会社で面接にようやくこぎつけると、面接官は俺の顔を見るなり、今にも吹き出しそうだった。

「なにかおかしかったですか」俺は言う。

「いや、君が噂のモデルなのかと思ってね」中年で小太りの面接官は言った。

「モデルとは?」

「AIのモデルだよ。君のモデル。君がいた会社だろう。知らなかったのか?」

 そこで俺は、俺が前にいた会社が、俺の仕事ぶりをモデル化して販売していたことを知った。AI推進を行う人間をモデルにしたAIだ。そしてあまり売れなかったのか、それともそこから他の商材へ繋げようとしているのか、今は無料で配布されていることも知った。俺は無料で世界に提供されているのだ。

 

「ひどすぎると思わないか」俺は恋人に言う。「AIが俺をどんどん置き換えて行く」

「そのことなんだけど、ちょっと話したいことがあって……」恋人は言う。

「なんだ。彼氏をAIに置き換えたいとか?」俺は自嘲気味に笑う。

「簡単に言えば、そういうことなんだけど」恋人は言う。

「おい、本気か」

 恋人はベッドの下から道具を出してくる。「うち、犬がいるからあちこちに監視用カメラを置いてるのは知ってるでしょ」

「ああ」

「そのカメラは私達の行動も監視して、学習してる」

「だろうな」

「そうして得られたデータに基いて、AIはさらに高度な技術を提供できる」

「うん……」俺は彼女が持つ道具を見る。「……つまり俺はAIにNTRれたってことか?」

「簡単に言えば」恋人だった相手は言った。

「そんなことが許されるのか? プライバシーポリシーとかは?」

「もちろんあるよ。同意がなければこんなことはできないから」相手はそう言って笑う。「私が同意しただけ」

「いや、でも、それって……俺の学習データはそもそも必要か?」

「こういうの、フィジカルAIって言うんだって」相手は答えずに言う。

「フィジカルAI……」俺は呟いた。

 

「それは最高に笑える」部族の若者が言う。「それでどうなったんだ?」

「俺は死のうと思った。でも死ななかった。そこからの話は知ってるだろう」

「戦争が起きて、なにもかもが破壊された」

「そう。AIが真っ先に狙われた。データセンター、半導体工場、AI企業のオフィス」

「でも、おかげで生き延びたってわけだ」若者は笑う。

 俺は自分が仕留めた鹿を捌きながら言う。「本当に良かったよ」

 

2026/03/06 - 2026/03/15

この文章は小関悠(aka youkoseki)が書きました。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではありません。

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