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京大のパズル入試のこと

 私は2000年、京都大学工学部情報学科の入試に合格し、入学した。一年前にも京大を受けていたが、前期後期とも落ちた。浪人して、前期は東大を受けて落ちた。その年は、すべり止めと言われる私大も受けたが落ちた。後期試験でようやく受かって、それから留年したり大学院に行ったりして、7年間を京大で過ごした。

 

 つまり二年間で大学入試を都合6回くらい受けたと思うのだが、受かったのはその京大の後期入試だけであった。

 

 平たく言うとそういう大学受験歴である。そしてもう少し詳しく言うと、一浪した時の京大の後期入試はパズル問題であった。

 

 現役の時に受けた京大後期の入試は、ふつうの、英語や数学の出てくる、前期よりも定員が少ないため合格難度が高いと言われる試験であった(そして実際に落ちた)。

 

 しかし浪人をしているときに、京大はその年から後期試験の内容を変えるという話になった。英語・数学といった科目別の試験をするのではなく、総合的な問題を出すという。私はなんとなく、英語で数学や科学の問題が出てくるのではないかとイメージしていた。

 

 二浪を覚悟して、後期試験に挑んだ。今思えば、試験対策もなにもあったものではない、リスクのある選択であった。試験は二日間で、初日は筆記、二日目は口述だという。そして筆記試験に出てきたのはこういう問題であった。

 

「9枚のコインの中に1枚だけ本物より重い偽物が含まれている。天秤を何回使えば偽物を見つけられるか」

「27枚のコインに本物より重い偽物が2枚含まれていた場合は、何回使えば偽物を見つけられるか」

 

 問題は確かあともう2問あって、偽物が本物より重いか軽いか分からない時はどうするか、n枚のコインの中に2枚の偽物があった場合はどうか、みたいな内容だったと思う。記憶が少し曖昧だが、要するに最初から最後までパズルであった。時間は120分だったと思う。

 

 私の反応は「これ『金田一少年の事件簿』で読んだことある!」であった。というわけで解いた。100点満点かどうかは分からないが、それなりに論理的なことを書いたはずである。

 

 翌日の口述試験では、事前に部屋に集められ、問題が配られた。「天秤ではなく、ばねばかりを使う場合、どのような違いがあるか」紙に書かれていたのは、そんな内容だけであった。まったく違う問題が出ると思っていたので虚を突かれた。

 

 30分くらい考える時間があって、そのあと受験生は一人づつ部屋に呼ばれていく。後で聞いた話では「前日の時点でいい回答をしていた人が入る部屋」と、そうでない人が入る部屋があったらしい。私が入った部屋には3、4人の教官がいて、当時は分からなかったが、大御所の教授がいた。

 

 私がなにを喋ったのか、正直あまり覚えていない。どれくらい完璧な回答が求められたのかも分からず、手応えもなかった。後日、合格通知を受けとった時はもちろん嬉しかったが、一方で徒労感もあった。長い長い受験勉強をしたこと(遡れば高校入試も含めて)、特に一年間を駿台で過ごして模試を何度も受けたことは、大学受験そのものに対しては、ほとんど役立たなかったのだ。少なくとも『金田一少年の事件簿』ほどは。

 

 その年の工学部情報学科は2クラス、定員90名で、私と同じようにパズルを解いて入学した後期入試組は7人だった。京大工学部はだいたい1/3くらいが安定して留年するが、後期入試組は私を含め、半分以上が留年したと思う。それが誤差の範疇なのかどうかは分からない。期待した成果を上げられなかったのか、情報学科の後期入試は数年後になくなった(翌年はどんなパズルだったんだろう?)。私は学科の同級生と付き合い、卒業後に結婚した。

 

 誰しも「あのとき何か違っていれば……」と人生を振り返って思うことがあるだろうが、私はいつもこの後期パズル入試のことを思い出す。つまり、世の中において、『金田一少年の事件簿』を読むなり、パズルにちょっと詳しいなりで、京大工学部に入れるタイミングがあったということである。

 

 教訓は特にないので、人生において、もしマンガを読むのに口実が必要な時があったら、この話を使ってください。

 

(フィクションのコーナーに置いたが、言うまでもなく、この話はノンフィクションである)

 

2018/05/18

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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