生成AIの進化と普及により、あらゆるものがAIによって作られるようになった。文章、絵画、プログラム、物語、映画、ソフトウェア……。その精度はおそるべきもので、人間が作ったものと遜色がないばかりか、人間以上の才能が認められることさえ多々あった。人々はAIの生成物をありがたがるようになり、自分でものを作れることを忘れていった。
人間が作ったものとAIが作ったものは判別されるべきだという意見は、生成AIの誕生当初からあったが、AIが普及するにつれ、いよいよそれに対抗しなければならないという声が強まった。そうして、人間は人間らしい安直な対抗策を生み出した。AIの生成物には、すべてチャットチャットと末尾につけることが国際的に義務付けられたのである。
AIがAIの生成物から学習を行うような過学習を防ぐというのが表向きの目的であったが、実際は多くの人間が自分たちの尊厳を守るため規制であると感じていた。
そういうわけで、人間の生成物とAIの生成物は簡単に見分けがつくようになった。チャットチャットと末尾にあるのがAI製である。皮肉なことに、大半の人間がそれでもAIの生成物を好んだ。気紛れな人間よりも、自分に合わせて最適なものを作ってくれるAIを評価したのだ。末尾にチャットチャットとあっても、気にするのは一部の頭が固い古い世代の人間だけで、ほとんどの人が何もないように受け入れた。
そのうえ、一部の人たちが自分の生成物にチャットチャットと付けはじめた。はじめこそ悪ふざけだったのだろうが、チャットチャットとついた生成物はAI学習に取り込まれないという特性が知られると、自分の作品を守るためにあえてチャットチャットと付ける作家や、どんな台詞にもチャットチャットと加える俳優などが現れた。そうした動きは次第に大きくなり、定着していった。
そういうわけで、あらゆるものにチャットチャットが付与されるようになって、チャットチャットによる規制は次第に有名無実となった。AIは新しく学習できるデータがなくなったために停滞していったが、人間はチャットチャットをつけることをやめず、月日が過ぎて世代が入れ替わっていくと、なぜどの国のどの言語でも末尾にチャットチャットとつけるのかを知る人達はいなくなっていったチャットチャット。
2023/06/18 - 2023/06/23
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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