9月25日、Instagram創業者の二人、ケビン・シストロムとマイク・クリーガーが、経営から離れることを発表した。
Instagramがローンチしたのは2010年10月のこと。2012年にFacebookに買収されてからも、創業者の二人は変わらずCEOとCTOとして経営を取り仕切っていた。
私はその2012年から4年半ほどFacebookで働き、そのうち最後の1年と少しだけ、Instagram広告の担当をしていた。古巣なので贔屓もあるだろうが、控え目に言ってもInstagramの成功は特筆に値する。
たとえばInstagramは10億人を超える月間アクティブユーザーを抱えるが、ほぼモバイル専用アプリとしてこの規模に到達したのは、WeChatと、同じFacebook傘下のWhatsappくらいだろう。
Facebook、YouTube、あるいはカテゴリは異なるがAmazon、Google、あるいは規模は小さいがTwitterも、いまある大手プラットフォームはほぼPC時代から引き継がれてきたものである。時代はモバイル、時代はアプリと言われて久しいが、純粋なモバイルアプリとしてここまで成功したものは、実はほとんどいない。
せっかくの機会なので、成功の理由を振り返ってみる。
もともとInstagramがBurbnというチェックインアプリであったことはよく知られている(ひどい名前だ)。あまり利用されなかったチェックインアプリの中で、写真機能が好評であったため、その機能を中心にピボットしたのがInstagramである。
Instagramが登場した2010年というのは、iPhone 4が発売された年だ。Retinaディスプレイと前面カメラが搭載され、背面カメラは裏面照射型CMOSのおかげで一気に高画質化した。言い換えれば、それまでのiPhoneのカメラは大した画質ではなく、そもそもディスプレイがそれほど綺麗ではなく、セルフィー用のカメラさえなかった。
写真が趣味という人は昔からたくさんいるし、いわゆるガラケーの時代でも、カメラで写真を撮って人に送るというのは人気の機能であった(写メール! J-Phone!)。しかしiPhone 4によって、写真に興味があるかないかに関わらず、高画質のカメラとディスプレイが突然普及することになった。Instagramはそのような時代に生まれ、カメラとディスプレイの需要に答えた。
つまりカメラとディスプレイに過剰なくらい投資するiPhoneのおかげでInstagramは成功し、iPhoneのカメラはInstagramなどの写真アプリのおかげで価値を高めた。カメラこそがスマートフォンの差別化要因になるという、現在までの潮流が作られたのである。Instagramが思い出したかのようにAndroidアプリをリリースするのは、ようやく2012年になってからだ。
Instagramのように、ユーザーからのコンテンツに頼るサービスには、常に二つの課題がある。どうやってコンテンツの投稿を促すかと、そもそもどうやってコンテンツを投稿するユーザを集めるかである。Instagramはフィルター機能を使うことで、誰でも簡単にそれっぽい写真が作れるようにした。そしてユーザーは、まだ画像投稿機能のなかったTwitterと補完しあうことで集められた。すべてがピッタリのタイミングであった。
ローンチから1年半、2012年の4月時点で、Instagramは2700万人の月間アクティブユーザーを抱えていた。前途はとても明るかった。そんなタイミングで、Facebookに10億ドルで買収された。
未来あるアプリを売り渡した経営判断には批判もあったが、もっと批判を集めたのは、10億ドルという価格で買ったFacebookの判断であった。競合(Twitter)に買収されるという不安があったのかもしれないが、単純に言って、社員13人のベンチャー企業には高すぎる値段である。
写真を撮ってアップロードするだけのアプリなんだから、それよりもずっと少ない金額でイチから作ればいいじゃん、という声はもっともに聞こえた。当時、Facebookは自分たちでスマートフォンやカメラアプリを作っていたのだから、なおさらである。結局Facebook Cameraは同年5月にリリースされたが、そのことはもう誰も覚えていない。
それでなくともFacebookは5月に上場を控えたところで、無駄なお金を使っている余裕はなかった。実際、そのあとFacebookはマネタイズとモバイルシフトに苦労し、上場後の株価はしばらく低迷した。そのおかげでと言うべきか、10億ドルという買収金額は、契約が結ばれた時点では目減りしていた(その後、株価は急上昇したので、現在で言えば40億ドル近い価値になったが)。
多くのアプリやサービスは大企業に買収されると、次第にアップデートが止まり、もとの経営者は義務は果たしたとばかりに会社を離れる。同じ2012年、Twitterは正式リリース前のVineを3000万ドルで買収した。2016年にVineの閉鎖が発表されると、すでに会社を離れていた創業者の一人、ラス・ユスポフは「会社は売るなよ!」と忠告を残した。
Don’t sell your company!
— Rus (@rus) October 27, 2016
2013年にはYahooがTumblrを11億ドルで買収している。YahooはTumblrに、Instagramより高い値段を払って、しかもそれを無駄にしたのだ(2016年に全損処理)。
Instagramが同じ道を辿ってもおかしくなかったが、買収された後も成長を止めず、むしろ加速した。2013年2月には早くも月間アクティブユーザーが1億人を突破した。2014年3月には2億人になり、12月には3億人になった。1年で1億人以上の獲得ペースを続け、2018年6月に10億人を超えた。10億ドルという買収価格は適正どころか、今思えばバーゲンプライスである。
面白いのは、FacebookとInstagramの戦略の違いである。新しい機能を次々に加え、常にデザインを変え、A/Bテストを行い、”Move Fast and Break Things”をモットーとするFacebookと比較すると、Instagramは同じキャンパスにいながら、ゆっくりと、しかし確実に進化する道を選んだ。
例えば、Instagramが動画に対応したのは2013年のこと。2015年になるまで、長方形の写真を投稿することさえできなかった。2017年にようやく一度に複数の写真や動画を投稿できるようになった。おなじみのフィルターは今でもほとんど変わることがなく、これまで数種類が追加されただけである。
もしかすると、急増するユーザーにインフラが対応するだけで精一杯だったのかもしれない。それでもコミュニティファーストを掲げ、利用者数が数億人規模になってもユーザー主催のイベントを支援する様子は、ネット時代のスピード感を考えると牧歌的でさえあった。
順調に成長していったからゆっくりと機能を増やすことが出来たのか、それともゆっくりと機能を増やしたから順調に成長できたのかは分からない。それでも、とにかく早くリリースせよ、未完成でもユーザーに使ってもらってフィードバックを受けろ、というアプローチがもてはやされていた時代において、Instagramのやりかたは異質であった。
そんなInstagramの歴史において最も議論を招いたのは(派手なアイコンへの変更を除けば)、2016年8月に導入されたストーリーズだろう。24時間で消える全画面コンテンツは、人気を拡大させていたSnapchatに対する、身も蓋もない、清々しいほどのパクリであった。
結果から言えば、このパクリは大成功であった。Snapchatの成長は減速し、直近の四半期決算では月間アクティブユーザーが減少するほどの影響があった。2016年時点では、Snapchatはすでに米国の十代を中心に広い知名度を誇っており、その他の世代や、日本を含めた海外へと、人気が飛び火しそうな段階だったのだ。Instagramは既存のユーザーベースを生かして、そうした層を一気に奪い取ってしまった。
ストーリーズの導入は、コンテンツ投稿の心理的なハードルを下げるという効果もあった。ユーザーからのコンテンツに頼るサービスでは、徐々に投稿されるコンテンツが高品質になり、そのぶんコンテンツ投稿の心理的なハードルが上がるという傾向がある。
Instagramにもプロのカメラマンやモデル、芸能人が次々に参入し、インスタグラマーと呼ばれるハイアマチュア~セミプロ層も拡大していた。そうして一般ユーザーは投稿をしなくなり、徐々に活気が失われていくというのが、お決まりのパターンである。
しかしストーリーズはそのハードルをもう一度下げて、Instagramをパーソナルなものに戻すことに成功した。24時間で消えるストーリーズとメッセージ機能のダイレクトは、「たまに見るアプリ」から「1日に1度は見ないと行けないアプリ」へと格上げの役割も担った。
また、どれだけ人気でもマネタイズに苦労するアプリが少なくない中、Instagram躍進の背景として、2014年以降マネタイズ(広告)がスムーズに導入されたことも挙げられるだろう。
Instagram広告の仕組みは極めて単純で、すでに成功していたFacebook広告を、ほぼそのままInstagramにも配信できるようにしただけである。広告業界風にいえば、InstagramはFacebook広告の「出面」となり「在庫」となった。
当時、Facebook広告は自慢のターゲティング精度を生かしてすでに大成功していたので、Instagramへの拡大は必然だったと言えるかもしれない。一方で、Instagram買収時点ではFacebookのモバイル広告はまだ出来ていなかったから、同じようにマネタイズできるという目論見はなかったはずである。つまり買収された後、どこかのタイミングで誰かが「FacebookとInstagramの広告は共通化できるじゃん」と気付いたわけで、そう考えるとちょっと面白い。
いずれにせよ独自の「Instagramらしい広告」「Instgramならではの広告」という方向もあったわけで、そこに進まなかったのは、実に合理的である。
(ちなみに私はInstagram広告の担当として、日本で広告を導入するためにあちこちを回っていたので、Instagramが独自の「プレミアムな」広告商品を売るのではなく、Facebook広告の在庫となることについて、多くの業界人が残念がっているのを見ることになった)
多くの成功譚がそうであるように、Instagramもタイミングを掴み(iPhoneの高性能なカメラとディスプレイ)、他とは異なるアプローチを取り(ゆっくりとした機能拡大)、時には大胆な手を打ちつつ(Snapchatのパクリ)、使えるリソースを無駄にしなかった(Facebookの、特にインフラや広告)。
私がInstagramの成功について特に面白いなと思うのは、結局のところInstagramは生活に不可欠なアプリ「ではない」ということである。
GoogleやAmazonは今や多くの人にとって不可欠だろうし、Facebookは良くも悪くも現実の延長である。多くのメッセンジャーアプリや、最近では決済アプリなどが、利便性を売りにして生活に入り込もうとしている。例えばLINEは東日本大震災を受けて開発され、スマートフォンのキャリアメールアプリが軒並みひどい出来だったことで代替となった。
対して、Instagramはただ写真を共有できる、閲覧できるというだけである。使い続ける意味は特にない。プラットフォームがあの手この手で行う、使い続けろというプレッシャーも(比較的)ない。もちろんネガティブなコンテンツもあるが、この規模にしては異例なくらい平和で穏やかなプラットフォームであり、それ自体が他のどこにも負けない成功例と言える。
創業者が去ったあとも、Instagramは変わらず人気であり続けるだろう。だからこそ、このような異質な人気アプリを作った創業者たちの業績は、今後も長く引き合いに出されるはずだ。
ちなみに、ケビンは1983年生まれの34歳。マイクは1986年生まれの32歳。若いね……。
2018/09/26
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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