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冬が去る

 冬がまたシチューを作った。これが今年最後のシチューになる。彼女はそう言って笑う。彼女が笑うのは、その言葉を先週も言ったばかりだからだ。先週も彼女はシチューを作った。そして今日また寒波がやって来た。

 

 いつまでも冬が続けばいい。しかしシチューは今度こそ最後だと、彼女は念押しをする。確かに、外ではときどき、暖かな風が優しく、だが強く吹く。また寒さが戻るかもしれない。急な雪が降って鉄道を止めるかもしれない。でも、その可能性は確実に小さくなってきている。

 

 春は献立が面倒だと彼女は言う。シチュー、グラタン、ポトフ、今のうちにと、彼女はいつものメニューを繰り返し、鍋を温める。家のまわりでは雪が溶けつつある。その日射しを浴びながら、私を女を抱いて眠る。瞼を閉じて、なるべく眠りが長く、深くなるよう祈る。

 

 いつかすべての雪が溶けて、春がはじまるだろう。死体があらわになって、人々が眠りから目を覚ますだろう。このシチューが最後になって、暖かな飯を食べる機会は失われるだろう。でも今はまだ冬を味わい続けたかった。そしていつまでも眠りたかった。

 

2013/03/11

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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