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父の仕事:スペース・フィクション社

 これまでに働いた会社の中で、ある意味ではスペース・フィクション社が一番素晴らしかった。働き始めたころにはもう全世界で何千人もが働く大企業だったけれど、まだまだ成長を続けている途中で、社内にもその勢いが充満していた。もちろん待遇はとても良かった。でもそれ以上に良かったのは、働く一人一人が実に優秀な人ばかりだったことだ。そして、その一人一人がやる気に満ち溢れていた。宇宙開発の捏造という困難な仕事に、世界中から有能な人材が集まり、一丸となって打ち込んでいたのだ。

 

 私は筑波にある日本支社で働いていた。会社のミッションは一つ。日本の宇宙船と宇宙飛行士が成層圏を飛び出し、無重力の中を果てしなく旅しているような映像を、さも実際に起きたかのように精巧に作り上げることだ。そのために大勢の才能ある物理学者、生物学者、医学者、おまけに映像作家や教育者が集って、毎日のように喧喧諤諤の議論を行った。どのような映像であれば真実味があり、教育的で、おまけに感動を集めるか。私たちの作品はテレビで放映され、何千万という人が固唾を飲んで見守り、何千万という人が繰り返して見るのだ。完璧な作品でなければならない。

 

 今でも、ときどき自分が関わった映像を取り出して見直すことがある。中にいた人間の習性として残念ながらボロを見つけることもあるけれど、どれも才能と努力の結晶であって、本当に誇らしく思っている。日本以外でも、スペース・フィクション社はほとんどあらゆる国で宇宙開発の捏造に関わってきた。もちろん発祥は米国。数少ない例外がソ連だ。だから、クドリャフカは間違いなく本当に宇宙に行ったのだろうと思う。黙祷。

 

 私の仕事は宇宙飛行士役の人間に演技を教えることだった。おかげで今では有名な「本物の宇宙飛行士」に何人も会った。もちろん、彼らも飛び抜けて優れた能力を持った役者ばかりだった。何千万という人をペテンにかける魅力を持つのは、平凡な人間にはできない。実際のところ私の仕事で一番重要なのは、彼らが調子に乗って台本にない過剰なサービスを見せようとしないか見張ることだった。テレビ中継中、いつも私は右手にスイッチを持っていた。「衛星回線が乱れるスイッチ」。それを押すと、映像のノイズが急に増え、宇宙飛行士の話や動きの様子が分からなくなる。幸い彼らはいつでも冷静そのもので、それを押したことは一度もなかった。

 

 あの会社で働いていたあいだはいつだって素晴らしい人材に囲まれ、自分たちの仕事ぶりは最高だと思っていた。だからアポロは月に行かなかったという陰謀論がずいぶん後になって流行して、あらゆる宇宙開発に捏造の疑いがもたらされたときは、本当に驚いたし、会社の人間は誰もが衝撃を受けた。人間のすごいところは、なに一つとして証拠がなくても、真実を探り当てる才能があることだ。どれだけ精巧に映像を作り上げ、それらしい証拠を沢山でっちあげても、陰謀論はなかなか消えなかった。そのため仕事の多くが陰謀論の払拭に費やされるようになり、誰もが疲弊した。それは優秀な人材が会社を去る原因になり、ますます仕事は難しくなった。

 

 私が見切りをつけた頃には、もう会社はだいぶおかしくなっていた。精巧な嘘を作るのはたいへんな苦労なのに、完成した先には嘘を嘘と見抜いている人達がたくさん待ち構えているのだ。いつも嘘ばかり考えているため、なにが嘘でなにが本当なのか、誰もが混乱していた。もしかすると、本当は誰かが宇宙に行ってるんじゃないだろうか、と言う声が聞こえるようになった。アポロはちゃんと月に行ったし、チャレンジャーは爆発して、ハッブルは宇宙にあるのだと。ただ真実の中にいくつかの嘘を織り込むためだけに、私たちは汗水垂らして働いているんじゃないだろうかと。誰も宇宙に行っていないというのは思い込みで、私たちの作り上げた華々しいドラマの裏で、誰かが地味な宇宙開発にちゃんと取り組んでいるんじゃないかと。そうかもしれなかった。私も分からなかった。今でも分からない。私たちは立派な嘘つきだったのか、それとも私たちは間抜けで、人は本当に月へ行ったのだろうか。今となっては、誰かが月に行っていればいいなと思う。いつか、その目で確かめてくれ。

 

2009/03/29 - 2009/04/02

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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