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父の仕事:お菓子の密輸

 仕事によっては、お給料以外にもいい思いをすることがある。夕食付き、飲み屋で接待、社宅提供、新作ゲームで遊べる、子供に大人気、社員割引、アイドルに会える、などなどなど。いわゆる役得というやつ。

 

 お菓子の工場でアルバイトをしていたときは、お菓子が食べ放題だった。私はそんなにお菓子を食べるほうではないけれど、それでも食べ放題というのは魅力的な響きだったな。人はなんとか放題に弱いんだ。食べ放題に釣られて来たと公言する同僚も少なくなかった。あれほどお菓子ばかりを食べていた時期は他にないし、これからもないだろう。

 

 もっとも、体験してみると思ったほど良いものではなかった、というのは仕事ではよくあること。お菓子食べ放題も残念ながら楽園からは程遠かった。一番悲しかったのは、その工場で作られるお菓子しか食べられないこと。様々な商品で著名なお菓子メーカーだったから、てっきりあれやこれやを食べられるのだろうと思うのが自然じゃないか。その期待は大きく裏切られた。私が働いている工場で作っていたのは、辛口のポテトチップだけだった。他の味のポテトチップやクッキーやポップコーンやキャンディーは、他の工場で作ってたんだ。おかげで毎日毎日、お菓子は辛口のポテトチップ。ジュースは自腹だったから、アルバイト代の多くが自動販売機に消えて行ったよ。騙されたと文句を言う同僚も多かった。辛いものが苦手な人は特にね。

 

 おまけに、仕事はハードだった。工場は一日中、様々な機械が動いている。お菓子は二十四時間、ノンストップで作り続けられるんだ。その様子を交替で見守り続ける必要があった。だから、アルバイトも含めて、働く人達はみんな全寮制。仕事の緊張感もあって、みんなストレスが溜まった。休みの日に外出して体でも動かせば良かったのだろうけど、疲れているからその気力がない。仕方がないのでストレス解消に食べ放題のお菓子へ手が伸びる。辛口のポテトチップ。ただ言わずもがな、同じものばかり食べていると飽きる。おまけに太る。ますますストレスが溜まる。悪循環だ。もともとお菓子好きの人達が多かったから、他のお菓子を食べたい、という不満がアルバイトから当然のように聞こえてきた。それでも、わざわざお菓子を買いに外まで出かける人はいなかった。

 

 不満に拍車をかけているのが、他社のお菓子を寮に持ち込むのが禁じられていることだった。他社の味に染まらないためとか、他社からスパイ行為をしていると思われないためだとか、あれこれ言われたけれども、理由らしい理由は最後までよく分からなかった。みんなが思い思いにあれやこれやを食べたいと言っていた。そこで私が人肌脱ぐことにした。あるいは、ちょっとしたビジネスになると気付いた。つまりこうだ。外に行って、みんなのリクエスト通りにお菓子を買ってくる。それを寮にこっそりと持ち込んで、みんなに売る。その時、すこし手数料を上乗せする。ニッチ・ビジネスだけれども、ニーズは確かにあった。私が構想を話すと、みんな諸手を挙げて賛同してくれた。沢山の注文があっという間に集まったよ。ここまではとても順調だった。

 

 想定外だったのは、持ち込みの監視がとても厳しいことだった。それまで寮の出入りで荷物をチェックされることなんてなかったのに、お菓子を買い込んだその日の帰宅時にちょうど管理人に呼び止められた。お菓子はなす術なく全て没収された。他社のお菓子を持ち込むのは駄目だったんですか、と私は白々しく言うのが精一杯だった。あれはきっと、誰かが密告したんだ。当然、私に対する監視は厳しくなった。たかがお菓子の持ち込みだけれど、毎回荷物を確認されては難しい。寮宛の宅配便にお菓子を詰めて送ってみたけれど、見事に開封されていた。クビになっては困るからなにも言わなかったけれど、たぶん違法だろうね。

 

 仕方がないので、お菓子は全部砕いて粉にすることにした。ポテトチップもクッキーも、ぜんぶ粉。私はそれをポケットや靴の裏に入れた。あるいは鞄に二重底を仕込んで、上にはダミーの袋を置いた。時にはそうした粉をカプセルに入れ、飲み込んで胃の中に隠した。それだけやっても成功することは稀だった。失敗するとお菓子代がまるまる赤字になるので、どれだけ手数料をとってもほとんど儲からなかった。それでも成功した時は本当に喜ばれた。それはもう、崇められると言っていいほどに。そんな仕事が数ヶ月続いた。

 

 最後はあっけなかった。もともとの仕事、工場のアルバイトをクビになったんだ。密輸に勤しみすぎて、本業でミスを多発したせいだ。あるいは密輸問題に対する強制措置だったのかもしれない。今でも袋の隅に残ったお菓子の粉を見ると、当時のことを思い出す。食べたいものを食べられる人間は幸せだよ。

 

2009/01/09 - 2009/02/17

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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