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感動を追いかける

 これは本当にあった話です。

 ある若くて美しい女性が、寒い冬の日に体調を崩し、妊娠したことに気付きました。彼女は仕事を休み、病院へ行ったのですが、そこで詳しい検査をするうち、医者から大きな病に犯されていることを伝えられます。

 その病気はたいへん難しいもので、原因もはっきりとしておらず、長い時間をかけて薬を飲み続ければ、あるいは治るかもしれない。しかし、そうすればお腹の赤ちゃんは薬の影響により生まれてくることはできないでしょう。薬を飲まなければ赤ちゃんは問題ありませんが、医者の見立てでは、女性の余命はもって半年です。

 女性は彼のことを想いました。彼は米国の有名大学に留学中の、新進気鋭の経済学者でした。高校生のときにゲームセンターで知り合って、もう十年近い付き合いを続けてきました。彼がいてくれたなら、赤ちゃんのことも、病気のことも、彼女の側で一緒に向き合ってくれたでしょう。でも彼は、半年前に自動車の事故で亡くなっていました。

 けっきょく、彼女は子供を生むことにしました。医者に止められても、彼女の決意は変わりません。そうすることが、自分と彼の思い出を後世に残す、唯一の方法だと思ったからです。

 彼女は、まだ見ぬ息子のために、ノートを残すことにしました。ノートの最初には、彼の大学が長く伝え続けてきたという、二十の教訓を書きました。

「1.今居眠りすれば、あなたは夢をみる。今学習すれば、あなたは夢が叶う」

 

 今では、この子供も大きくなって、立派に成長しているそうです。

 

 

 今日一日だけで、何度この話を、様々な経路で目にしただろうか。

 この話はすでに色々なブログ、掲示板、ソーシャルメディアに転載され、代表的なブログでは早くも数百人の「いいね!」や数百件のブックマークを集めている。またTwitterでは誰もが自分で発見したかのようにこの物語を紹介しており、中には数百のReTweetが繰り返されているものも少なくない。

 しかしこの話はおかしい。明らかにデマであろう、というのが私の直感である。まず、余命が半年しかなければ、子供を生むことは難しい。もしかすると、だいぶお腹が大きくなってから妊娠に気付いたのかもしれない。しかしいずれにせよ、半年前に死んだ彼との子供である可能性はほぼゼロだろう。なにかの叙述トリックなのかもしれないと思って何度か読み返したが(「子供」の父親と「彼」は別人だとか)、どうもただ、物語に根本的な欠陥を抱えているだけのようだ。

 おかしいといえば、最後になって唐突に「息子」と断言しているのも気になる。性別はいつの段階で分かったのだろうか。

 この物語が事実だとすれば、けっきょく彼女は死ぬのだろう。そして最後に書かれているとおり、子供は生き残ったのだろう。その部分こそにドラマがあるはずだ。しかし、この物語ではそこがさっぱり割愛されている。

 なにより、私はこの物語をどこかで聞いたことがあった。大方、作家気取りの誰かがあまり有名でない小説や映画のあらすじを剽窃し、多少の脚色を加え、本当にあった話として再構成したのではないか。あまり良い脚色ではなかったようだが。

 

 果たして、小一時間調べてみると、予想通りいろいろ面白いことが発覚した。

 まず、この物語の出所を探ってみた。非公式ReTweetの元を辿り、TumblrのReblogをかき分けて、まとめサイトから2ちゃんねるの元スレッドを発見すると、名もなき人の書き込みがこの情報の発端であることが分かった。

 しかし、さらに調べてみると、この物語が昨日今日に作られたものではないことも明らかになってきた。2005年ごろにも、小規模ではあるが、mixiの一部コミュニティなどで話題になっており、さらに掘り返せば、90年代の終わりにも、ネットニュースで取り上げられている。

 私は最初、きっとどこかに元ネタがあって、それが改変されてこの物語になったのだろうと考えていた。しかし、同じ物語が何年もの時を経て、同じ形で繰り返し出現しているのを見ると、まさにこの物語そのものが昔から存在していたのかもしれない。

 私は、古くからの友人で、物語や伝承に詳しい学者のKに相談してみた。どこかで聞いたことのあるような話だ、と彼も言った。

 

 一週間後、Kから新聞が送られてきた。そして、そこにはいまネットで拡散されているのとほぼ同じ物語が、実際にあった逸話として紹介されていた。つまり、大病の女が妊娠し、薬を飲むかわりに子を生むことを選び、死んだ父の言葉をノートに遺して、子を生んだ直後に女は死んだという。記事に女の名前はなかったが、昭和60年、京都市のM町で起きた出来事だと書いてあった。

 どうやら、これが正解らしい。私は一人ごちた。かつて本当に起きた出来事に、誰かがどこかで尾ひれをつけた。ただ、その尾ひれが余分だったため、本当の物語はデマになった。

 ここで調査を終えても良かったはずだ。しかし、私は物事を最後まで片付ける人間だった。私は京都に向かった。

 

 

「それで、京都に向かってどうなるんだね」

「はい、主人公は物語が実話であることを確認し、さらに思わぬきっかけから、物語の指す『息子』が自分であることを知ります」

「やっぱりそうか……セカイ系だな。けっきょく、男に事故死から半年、余命半年というのは脚色なのか、それとも事実なのか、謎は解けるのかね」

「主人公は試験管ベイビーです。最後に分かります」

 どこかから冷笑する声が聞こえる。

「……そもそも、この物語の意図は?」

「昨今、我々の作りあげた感動話を疑う輩が出てきています。彼らは物語の粗を探し、検証して、感動を奪うことに喜びを感じているのです。これは我々の感動ビジネスに対する脅威です」

「私達の、感動ビジネスだ」

「……はい。ですから先回りして、虚構のように読めるが、本当に実話だった物語を作り上げるのです。これを布石にすれば、これから他の物語について真偽を疑う声が上がっても、『そういって、前の物語は実話だったじゃないか』と言い逃れることができます」

 そう主張する男を、複数のウェブカメラがぐるりと取り囲んでいる。これは月に一度の定例会議。来月、ネットに伝搬する感動のミームは、ほぼすべてここで作り上げられる。

「いかがでしたでしょうか」ウェブカメラからの返答が途絶えたのを不安に感じ、男は言う。

「まず、この物語は長すぎる」先程とは別の方角から、かん高い声が聞こえる。「感動を拡散するためには、十秒で読めるものでなければならない。百文字で伝わるものでなければならない。多段で非公式RTされても良いようにね。それに、難しすぎる。物語の構成も、文章それ自体も。『剽窃』とはどういう意味だね。単純でいいんだ」

「しかし、この物語には意図が」

「人はまだまだ感動を求めているよ」さらに別の声が聞こえる。「まだまだ、いつまでも彼らは騙され続けるだろう。このような小細工は不要だ。どれだけの人が物語に疑問を感じ、検証を始めるというのだね。百人に一人か? 千人に一人か? そんな無益に指摘より先に、私達は次の感動を拡散させることができる。私達のジェネレーターを知っているだろう。今や私達は無限に感動を作り出すことができる」

「君がどうしてもと言うから機会を与えたのだ」最初の声が言う。「しかし、やはり君は不要だったようだな。私達が求めているのは、もっと安直なものなのだよ」

「ですが」そう言った瞬間に男の声は消えた。男は会議から締め出されたのだ。

「さて、邪魔が入ったが、気を取り直して最初の物語を作ろうじゃないか」かん高い声が言う。そしてジェネレーターのサイコロが回り出す。「生まれ変わり」……「ブラック企業」……「猫」……。

 

2012/03/10 - 2012/03/12

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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