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パーフェクト・ドライヴ

 ゆるやかに目が醒める。朝だ。そもそもは、太陽がゆるやかに姿を見せ始める頃の事が、定義としての「朝」なのか。ならば既に昼前だ。小腹が鳴る。外は明るいが、足元は冷える。随分昔に、スカートをはいた事を思い出す。あれは奇妙な経験だった。想像よりもずっと寒いのだ。冷蔵庫の中は絶望的な眺めだった。機嫌の怪しいヨーグルトが一つ。戸棚から覗くコーンフレークに絡めて食べた。

 

 読みかけの本が一冊あった。グレッグ・マーティス『貴重な時間』ちょっとした政治犯が警官に追われるシーンから。こういう時、ロッキング・チェアがこの部屋にあったなら、と毎日思う。しかし明日もそう思うのだろうか、と考えると不意に空しくなって、今後ロッキング・チェアの事は考えない様に決意する。例えば、それはハンモックでもいい。しかし、それはよりバランス感覚を要求しそうだ。不意にビスケットの事を思い出した。プレーンとチョコレートが詰め合わせにされたビスケット。今ではチョコレートだけが箱に眠っているはずだ。あれはどこにやったか。

 

 そんなビスケットとの関係を反映するかの如く、外は少しずつ明るさを失っていた。まだ、おやつの時間も過ぎていない。政治犯はちょっとしたトリックでマンションに詰め掛けた警官を出し抜いていた。部屋の隅のバスケットに入った折り畳み傘が自己主張を始める。雨か、雪か。結局、そんな傘を無視して部屋を出る事にした。

 

 外は相変わらず無愛想な無生物で沢山だった。駅ではメルティ・イエローの古い曲が流れていた。「それならそれで、まぶたを開けばまた創り出せる。」そんな歌だったっけ?記憶が曖昧になる。本屋ではグレッグ・マーティスの新刊が山積みにされていた。『自由な時間』時間シリーズ最終幕、と帯は高らかに宣言していた。しばし財布と無理な相談を続けたが、いつも最後に勝つのは「この世で最も美しい真理」というやつなのだ。失意の内に、夕食の材料とシュークリームを買って帰った。そのシュークリームは中に生クリームも入ってるやつなのだ。ついでに、一つ二つビデオを借りた。

 

 未だに玉葱が目にしみるのは、玉葱の怠慢ではないか。そして、ホワイトクリームのシチューは常に「デミグラスの方が良かったんではないか?」と後悔を促す。逆も同じだ。付き合ってられない話だが、好物がシチューの星の下に生まれた運命と諦める。政治犯はついに警官に捕まって、ちょっとした言い訳を始めていた。少し気になったのでメルティ・イエローの古いレコードを出して聴いた。しかし、何故か駅で聴いた曲はどこにも入っていなかった。そうこうする内に政治犯はちょっとした刑を言い渡され、シチューはごぼごぼともがいていた。

 

 空腹は最高の調味料なのだ。借りてきたビデオを一つ二つ観ながら、それはこの世でベスト32に入る美しい真理だと思った。しかし、シチューにしてみれば調味料のせい、で納得のいく話であるはずもなかった。ビデオは後半になってようやく、エル・ターシュの『むこうみずな夢』が原作である事を気付かせようとしていた。あの小説は二三、思い入れもあったのだ。だがこのビデオの回転運動は少しずつ思い入れをぶち壊そうとしていた。特にネコが警官を問い詰めるシーンは、もはや見れたものではなかった。しかもそれはビデオ最後のシーンなのだ。

 

 結局、シュークリームを食べながら再び政治犯の顛末を追った。こんな時にロッキング・チェアがあったなら、と思うのはもうやめにしているのだ。ついでに、明日の夕食の事を考えるのもやめにした。どうせシチューが残っているのだ。その間、政治犯は刑務所でちょっとした夢を見ていた。

 

1999/03/09

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