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青い鍵穴

 男性と女性、どっちがよく自殺してるか知ってる?いや、男なんだけどね。でも何か、普段は女性の方が「死にたい」とか言ってると思わない?僕もこの話はつい最近聞いたんだけど、だからつまり、知り合いの女性が「死にたい」なんか言っても信じられないって事。

 

 その点、男は武士だからさ、あ、ここ笑う所なんだけどね、まぁ「死にたい」とかってあんまり言わないよね。言う?言わないよ。言わない。だから男が「死にたい」なんて言ったら、もうそれはかなりヤバい証拠だと僕は思うんだ。そんなコト無い?あ、もういいからさ、とにかくそういう話なの。

 

 だからさ、鶴田が「死にたい」なんて言ってきた時はホント驚いた。あ、鶴田って言うのは、僕と同い年で、結局、中学が同じだっただけの仲なんだけど、妙に気があって。鶴田正治、蟹座O型。僕は当時、あ、今から話す話での「当時」ね、その時僕は高校三年で、鶴田は別の高校でやっぱり高校三年で。もちろん学校では会えないんだけど、朝、二人で待ち合わせをして、途中まで一緒に同じモノレールに乗って通ってたりしてた。なんか、今こうやって改めて言うと怪しいよな、なんか。

 

 で、ある朝に鶴田が言う訳よ。「死にたい」って。僕はまぁ、笑ったんだけど、あ、今ひょっとして僕の事、失礼なヤツだとか思わなかった?でも実際、知人が「死にたい」とか言ったら、やっぱり笑うよ?笑うしかない、って言うのとはまた少し違うんだけど。笑ってすませたい、って感じかな。

 

 とりあえず一通り笑って、それでも鶴田ったら何も言わないから、一応僕が聞いたの。「何で?」って。じゃあ鶴田「フラれた」とか言い出す。何それ?あ、さっき「死にたい」って言われて驚いたって言ったけど、実際は「フラれた」の方が驚いた。だって、フラれたってコトは、前提条件として彼女がいたって訳よ?鶴田に。毎朝、男と一緒に高校に通う様なヤツに。あ、まぁそれは僕も一緒だったんだけど。でもホラ、明らかに僕の方が「いい男」ではあったし。そうでも無い?それは失礼だよ。

 

 とにかくその朝はさ、聞けば聞く程驚く訳。「フラれた」って言ったらもちろん次は「誰に?」としか言い様が無いよね?もうロボットみたいに半自動で聞くのよ、僕も。すると何、三神って言うのよ、三神。三神晴美。知らない?6月2日生まれの双子座B型。あ、まぁそりゃあ知らないだろうけどさ。とにかく僕等が中学生の時の、校内のアイドルよ。それも同じ学年。しかも三神って、高校は鶴田の所じゃなくて、僕と同じ所なの。もう、死ぬかと思ったね。

 

 それから鶴田はさ、ようやく口を開いたかと思うともうグダグダ言って。フラれてから、彼女がバイト帰りに男と話してるのを見た、とかさ。いや、彼女は当時、ケーキ屋でバイトしてたんだけどね、でも何でそんな所見てしまう訳?今思えば、フラれてからも追いかけてたんじゃないの、って。でもその時はそこまで頭が処理出来なくて、もう「鶴田プラス三神イコール?」の時点でエラー。どうして?ってずーっと。ま、そうは言っても僕は中学時代は三神派では無かったのだけど。それでもそれぐらいショック、って「それぐらい」が分からないか。

 

 だいたい想像してよ。剣道一筋で生きてきた友人が朝のラッシュのモノレールの中で今にも泣きそうな顔で「すごい美人と付き合ってたんだけどフラれたから死にたい」って。そんな話聞いた僕の方が死にたいよ。いや、これ本当に。とにかくその日はサボるコトにしてさ、僕も鶴田も、でも行く所なんて無いから、金持ってないからね、あの頃は、気付いたらいつの間にか僕の高校、そう、三神もどこかで授業を受けているであろう場所で、とにかく諦めて話を聞くコトにしたんだ。鶴田は調子に乗ったか、もう言いたい事ずっと言ってて、僕に話してるんじゃなくて、僕の背中に貼ってある「聞き役」というレッテルに話しかけている感じ。「初めは彼女の方が乗り気だったのに」とか「一緒に映画も観に行ったのに」とか、そんなの聞きたく無いんだって。本当に死にたくなった。

 

 結局、ずっと中庭でそんな話を一方的に聞かされていたんだけど、学校のチャイムが鳴って、あれは何時間目の終わりだったかな?で、中庭にいるままだと見つかるから、鶴田なんて全然違う制服着てるし、そんなこんなで屋上に逃げ込んだんだ。普段、生徒が使えない非常階段使って、誰にも会わない様にして。そう、屋上。今考えれば絶対間違ってるんだよね。いかに僕がエラーだったか、って事なんだけど。もう「飛び降り自殺して下さい」って言うか。

 

 そう、最終的にはそうなったんだよ。飛び降りた。屋上でも随分長い間話を聞かされてたんだけど、いい加減イライラして、ホラ、なんかハルミの悪口とかにまでなってくるからさ。女々しいと思わない?あ、女々しいって性差別にならないのかな?まぁとりあえずはいいんだけど。別に僕は三神派では無かったんだけど、そりゃあそこまで言っちゃダメだろ、って事まで言い出すからね。もちろん、どんな事かは言えないよ。ま、とにかくそれを指摘したら、何せ相手は剣道一筋で失恋傷心中の自殺志願者だからさ、口論、というか罵り合いになって。ダサいよね。「何だよ!三神の肩持つのかよ!」とか言われてさ。僕も何かダサい事を一杯言ったと思うんだけど、ほとんど忘れた。実を言うとこのへん、少し記憶が曖昧なんだ。だからちょっと脚色があると思ってくれていい。ちょっとね。

 

 最後は…何だったかな。「オマエの話を聞いてるとこっちが死にたくなってくるんだよ!」とか何とか。「何だよそれ!じゃあお前が死ねばいいだろ!」とか。「何だよそれ!」は多かったな。僕が何言っても「何だよそれ!」で。「ソクラテス的青い鍵穴」「何だよそれ!」あ、冗談だよ。まぁとにかく、その「お前が死ねばいい」には本当に頭来て。いや、もうとっくに来てたんだけど、こんなバカ言うやつとずっと友達だったんだな、と思ったら自分が情けなくなって。「死ねばいいだろ!」って言われて、じゃあ死のう、と。今だったらそうは思わないだろうけど、当時の僕のエラー中の脳は何をそう考えた。で、飛び降りた。あ、だから飛び降りたのは僕の方なんだ。

 

 いや、いや、もちろんホラ、足もあるし。つまり、死ななかった。木に引っ掛かってね。ダサいよね。怪我もほとんど無かった。奇跡的だって。でも枝で頭を強く打って朦朧とするし、もちろん退院したら、入院は二日だったんだけど、すぐに学校から呼び出されて、もうとんでもなく説教されたし、そう、テレビもやってきたし。ん、テレビがやってきたのはもうちょっと後だったかな。僕が退院して、更に二日後。鶴田が同じ所、つまり僕の高校、から飛び降りて、こっちは奇跡ならず、キッチリ死んだ。その次の日かな。ワイドショーのレポーターとか来て。クズだよね。僕は見てないんだけど。

 

 ま、そんな事を時々思い出す訳。もし僕があの時死んでたら、鶴田は死ななかったかな、とか、つい、ね。歴史に「たら、れば」は厳禁なんだけど。織田信長が本能寺で殺されなかったら、とか。でも殺されてるんだよ、実際。それでもやっぱり考えて。便利な言葉で言えば、僕が生き残ったのも、彼が死んだのも「運命」なんだけど、でもやっぱり僕が死んでたら、鶴田は生きてたと思うな。「ありがとう、君の分もしっかり生きるよ」とか言ったりして。それは勘弁だよなぁ。後、もしそうなったらハルミは誰と結婚してたんだろうな、とか。まぁ、鶴田にはならないだろうけど。それも「運命」で。こうして考えると中々つまらん言葉だと思わない?「運命」って。思わない?

 

 あ、もうこんな時間か。じゃ、そろそろ家に帰るよ。美人が待ってるから、なんてね。おつかれ、それじゃ。

 

1999/02/01

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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